CS進出を巡り、シーズン終盤、本拠地の神宮球場には多くの観客が詰めかけた。阪神との3位争いは、まるで優勝争いのような熱気をはらんでいた。球団にすればタナボタ式の“臨時収入”だった。
 ところが、である。懇切丁寧な技術指導で後輩を甦らせ、球団に利益をもたらせた安田は、どうしたわけか昨季限りで“解任”されてしまった。
 普通なら球団の幹部自ら「いい仕事をしてくれた」と労をねぎらい、臨時ボーナスでもはずむ場面だろう。一般の企業にたとえていうならば、安田はヒット商品の開発に成功した技術者のような存在である。頼んででも残ってもらうべき人材ではなかったか。

 米国野球では潜在能力がありながら、それをいかし切れていない選手のことをスリーパーと呼ぶ。コーチのたったひとつのアドバイスをきっかけにして大変身する選手はたくさんいる。
 日本も同様だ。とりわけサウスポーはひとつ変化球をマスターしただけでガラッと変わる傾向が強い。石川の場合はシュートだったが、ピッチャーによってはシンカーだったり、フォークボールだったりする。

 ならば職人芸的な技術を持つ人材を重用しない手はない。
 私がどこかの球団のフロントなら、伸び悩んでいるサウスポーを連れてきて「安田さん、この選手にもシュートを教えてやってください」と頼み込むだろう。スリーパーを戦力に変えることのできる指導者をもっと厚遇するべきではないだろうか。

<この原稿は「フィナンシャルジャパン」2010年6月号に掲載されました>
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