前日本代表監督イビチャ・オシムによればFW大久保嘉人は「エゴイスト」なのだそうだ。「シュートを決めたかったのは分かるが、彼よりもっと有利な体勢でシュートを打てる味方が近くにいた」
 オランダ戦、大久保は大男たちの間をかいくぐるように精力的に走り回り、機を見てシュートも放った。動きは悪くなかった。
 だからこそ、デンマークの地元紙「エクストラ・ブラデ」は「攻撃陣の切り札。低調な中村(俊輔)に代わり、創造的なプレーで日本の攻撃を活性化させている」と危険人物に指名したのだろう。
 問題はシュートの精度と威力だ。オランダ戦、大久保は3本のシュートを放ったが、1本はGKの正面へ、あとの2本は枠をはずれた。相手GKをヒヤリとさせたものは1本もなかった。
 そうした事実を踏まえればオシムの指摘は「厳しいが、そのとおり」となる。エゴイストの本能をむき出しにすることは時に必要だが、批判を封じるには結果を出すか、それに準ずる仕事をしなくてはならない。

 しかし悲観的になる必要はない。これは私も驚いたのだが、リアクティブ(現実対応)型の布陣を敷く日本代表にあってオンターゲット率(シュートがゴールの枠をとらえた割合)だけは著しく上昇しているのだ。
 2試合が終わった時点での日本のオンターゲット率は53.33%(15本中8本が枠へ)で出場32チーム中2位。初戦のカメルーン戦では5本しかシュートを放たなかったが、そのいずれもが枠をとらえていた。
 かつて日本のシュートは枠に飛ばないことで有名だった。98年フランス大会では2割しか枠をとらえず、サポーターの希望をしぼませた。もちろん、この数値は32チーム中ワーストだった。
 デンマーク戦、舞台は再び高地に戻る。気圧の関係で弾道が伸びる。加えていわく付きの公式球がGKの仕事をより困難にさせる。

 枠にさえ飛べば何が起きるかわからない。勇猛果敢なバイキングの血を引く大男たちは「1点リードされている」という前提でキックオフと同時に波状攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなれば必ずスキができる。
 前線の戦士に必要な条件は何か。「暗黒のなかにいながら、光明の火を燃やし続ける精神性」。名著『戦争論』でクラウゼヴィッツはこう説いている。

<この原稿は10年6月23日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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