参院選が終わり、僕たち国会議員は引っ越しの季節を迎えています。築40年以上も経った衆議院、参議院の議員会館が新しく建て替えられ、移動することになったのです。まだ新しい部屋は段ボールだらけですが、旧会館と比べるとかなり面積が広くなりました。これまでは入り口の秘書スペースと奥の個室と2部屋しかなかったのが、新会館では10人ほどが集まれる会議室も設けられています。ミーティングや勉強会が気軽にできるため、より政策立案の仕事ははかどりそうです。
 さて、先の参議院選挙で民主党は改選数を大きく割り込む44議席に終わりました。特に僕の地元である愛媛選挙区もそうだったように、1人区ではなかなか議席が取れず、苦しい選挙でした。政権交代から10カ月、その成果に対する国民のみなさんの評価が表れたのだと重く受け止めています。ただ、民主党は選挙区では合計2275万票、比例代表では個人名も含めて1845万票を集め、いずれも自民党を上回りました。まだ多くの方が新しい政治に期待していただいている。この事実を踏まえて、今まで以上にみなさんの声に応えなくてはなりません。

 なぜ、民主党に厳しい審判が下ったのか。それは自省の念も込めた上で、ここまでの政権運営が「稚拙」だったからと言わざるを得ないでしょう。選挙前に降って湧いた消費税の話題にしても、鳩山由紀夫首相時代の普天間基地移設問題にしても、トップの発言が与党の僕たちに報道を通じて伝わる有り様でした。総理にはリーダーシップが必要とはいえ、内部で説明や議論が何もないままではフォローもできません。そして、詳細がはっきりしないまま発言だけが独り歩きする……サッカーにたとえれば、GKがやみくもに前線へボールを蹴るだけで、まったく攻撃がつながらない状況でした。

 そして、わずか1年足らずの間に先の総選挙でお約束したマニフェストが大きく変容してしまったことも、皆さんの失望を買った原因のひとつです。「コンクリートから人へ」といったスローガンが消え、政治主導や社会福祉の充実を目指した施策はなかなか実行に移せませんでした。確かに実際に政権を担当すると、すぐにはできないもの、修正が必要なものは出てきています。「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」。限られた財政の中では選択と集中が求められているのが現状です。そのプロセスが国民のみなさんには分かりにくかった点は否めないでしょう。これは政府と与党の関係がはっきりせず、僕たちの間で充分な議論が行えなかった影響もあると感じています。

 選挙の結果、参議院では与党が少数になり、“ねじれ国会”となりました。政策ごとに野党と提携するパーシャル連合の案も浮上していますが、国会はそんな甘いところではありません。基本的に野党は自らの存在感を示すそうと強気の姿勢で臨むものです。真っ先に与党に協力しようと考える政党はないでしょう。かつて野党時代に逆の立場を経験していますから、これはよく分かります。

 現に30日から開催される臨時国会の日程ひとつとっても、与野党合意を形成するのは容易ではありませんでした。これが法案であれば、なおさらです。国民の生活を第一に考えれば、通すべき法案は山積しています。このねじれ現象は、前向きにとらえれば、与野党でよりよい政策にブラッシュアップできるきっかけになるかもしれません。しかし、現実は手続き部分でのやりとりが続いたり、条件闘争に終始するといった事態になる可能性が高いでしょう。

 パーシャル連合が難しい場合には、連立政権のパートナーである国民新党、普天間問題以外では合意点の多い社民党と組み、衆議院の再議決で法案を通す方法も不可能ではありません。参議院で否決された法案も衆議院で再び3分の2以上の賛成で可決すれば成立します。ただ、これはまさに自公政権下でのねじれの際に、僕たちが批判してきたやり方です。「参議院を軽視している」「直近の民意を重視すべき」。自分たちが発してきた言葉をそっくりそのまま突きつけられることになります。

 せっかく達成した政権交代のプラス要素を伸ばすためには、ひとつでもふたつでも地道に実績を残すことしかありません。たとえば今回の参院選のマニフェストでは多くの党が国会議員の定数削減を打ち出しています。民主党は参議院40程度、衆議院は80(比例)、自民党は3割削減、みんなの党は衆議院180減、参議院142減……。数の違いはあっても方向性は一緒です。議員数の削減は常に各党のマニフェストに挙がりながら、もっとも達成できていない項目のひとつでしょう。どうしても各議員は自分の選挙前に定数やシステムが変わることに腰が引けてしまっている部分は否定できません。ちょうど議員歳費の日割り支給の話も出ています。ねじれ国会だけに与野党で一致している政策から実現していくことも求められているのではないでしょうか。

 その中で政権与党として問題点を洗い出し、反省すべきところは反省する。そして、リスタートを切るために一定のけじめもつける。これがもう一度、前に踏み出すために必要なことです。まだ期待を寄せていただいているみなさんを裏切らないため、失望されている方々にもう一度振り向いていただくため何にをすべきか。与党議員のひとりとして僕も精一杯責任を果たせるよう、心新たに頑張りたいと思っています。

友近聡朗(ともちか・としろう):参議院議員
 1975年4月24日、愛媛県出身。南宇和高時代は全国高校サッカー選手権大会で2年時にベスト8入りを果たす。早稲田大学を卒業後、単身ドイツへ。SVGゲッティンゲンなどでプレーし、地域に密着したサッカークラブに感動する。帰国後は愛媛FCの中心選手として活躍し、06年にはJ2昇格を達成した。この年限りで現役を引退。愛称はズーパー(独語でsuperの意)。07年夏の参院選愛媛選挙区に出馬し、初当選を果たした。
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