“おとり捜査”ならぬ“おとり取材”はイギリスのメディアが得意とするところだ。
 今回、大スクープをモノにしたのは夕刊紙のサンデータイムズだ。
<World Cup votes for sale(ワールドカップの投票が売りに出されている)>
 10月17日付の1面にセンセーショナルな見出しが躍った。

 同紙の記者が2022年のW杯開催を目指すアメリカの交渉代理人を装って投票権を持つ2人のFIFA理事に接触したところ、投票の見返りに巨額の金銭を要求されたのだ。
 2人の理事とはタヒチのレイナルド・テマリィ氏(オセアニア連盟会長)とナイジェリアのアモス・アダム氏(西アフリカ連盟会長)。
 両氏が投票の見返りに現金を要求している場面は隠しカメラにしっかりとおさめられていた。
 まずテマリィ氏だが、彼が最初に持ち出したのはスタジアムの建設計画だ。300万NZドル(約1億8000万円)が必要と打ち明け、それとなく“袖の下”を要求する。
「あなた方の支援と私の投票とは関係ありません」
 巧妙に煙幕を張りながらも「(あなた方が援助してくれれば投票の)手助けにはなるでしょう」と言葉たくみに“裏金”を引き出そうとしている。
 もうひとりのアダム氏は、不正な金銭要求に恥じらいすら見せない。
 日本円で約6500万円もの大金を要求し、記者が「(振り込み先は)ナイジェリアのサッカー協会かあなたか?」と問うと「私に直接」と答えたのだ。
 アダム氏は「ナイジェリアのサッカーの発展のためだ」と取って付けたように語っていたが、私利私欲のカタマリのような人物であることはビデオでのやり取りを見る限り、明らかである。

 なぜ、彼らは臆面もなく“袖の下”を要求するのか。それは1票の価値を知っているからである。
 五輪の開催国が100人前後のIOC委員の投票によって決定するのに対し、サッカーW杯の開催国を決めるのは、わずか24人のFIFA理事だ。
 選挙が近付けば、立候補国の招致委員会関係者から、いろいろなルートを使っての投票依頼が行われる。その中には金品をともなうものもあるだろう。
 選挙は無記名で行われるため、誰がどこに入れたのか、おおよその目安はついても、厳密には分からない。複数の立候補国にいい顔をしながら、最終的には賄賂の多寡で投票を決める理事もいると聞く。

<選挙を巡っては、明確なルールは定められていない。たとえば日本の国政選挙のように街頭演説は何時まで、戸別訪問は家のどの場所まで、と決められているわけではない。要するに、何でもありの世界なのだ。>
 自著『サッカーの国際政治学』でそう述べているのはFIFA理事で日本サッカー協会会長の小倉純二氏だ。

 こんな具体的な記述もある。
 開催国が南アフリカに決まった04年5月のFIFA理事会での話。
<投票前夜、立候補国によるプレゼンテーションは夜の8時に終わった。その後、私たち理事はFIFA内のレストランで食事をともにした。食事を終え、ホテルに戻ったのは夜の11時頃だった。
 私は部屋に戻るなり、携帯電話の電源を切った。先述したように“選挙運動”には何のルールもないため、立候補国の関係者は夜中だろうが朝だろうが、いつ電話をかけても罰せられることはないのだ。
 それはマナー違反だろうという声もあるが、サッカーの国際政治の場においては、そんなきれい事は通用しない。私には経験はないが、そこで“裏金”が提示されることもないとは言えないだろう。あるいは身に覚えのないスキャンダルを突きつけられることだってあるかもしれない。
 とにかく、夜中に携帯電話の電源を入れておくということは、立候補国からすれば、カモが引っかかったも同然である。電話1本あれば、合法であれ非合法であれどのような交渉でもできる。
 泣いても笑っても、次の日の午前中には投票が行われるのだ。24票のうちの1票を獲得できるのなら、それこそ彼らは何でもやってくるだろう。>

 察するに手の汚れた理事は先の2人だけではないのではないか。
 FIFAは「必要なら緊急措置も含めたあらゆる手段を速やかに講じる」と調査に乗り出す意向を示したが、トップのゼップ・ブラッター会長からして賄賂に関するウワサの絶えない御仁である。この組織に自浄能力が働くとは、とても思えない。

<この原稿は2010年11月16日付『経済界』に掲載されたものです>

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