2010年のスポーツを振り返る上で、最も称えられるべきナショナルチームは、国外のW杯初の決勝トーナメント進出を果たしたサッカー日本代表だろう。その活躍に隠れたものの、バレーボールの世界選手権で32年ぶりに表彰台(銅メダル)に立った全日本女子の奮闘も特筆に値するものだった。
 知将・眞鍋政義が用いた戦術の中に“色彩攻撃”があったことは一部で知られている。FIVB(国際バレーボール連盟)主催の公式球は青と黄の2色がスイカの縞のように入り混じっている。しかしヘソの部分は一方が青一色で、一方が黄一色だ。
 眞鍋は選手たちに相手に対し黄色の部分を見せるサーブを多用することを指示した。それは次のような理由に依る。「青色を見ると、人間は落ち着く習性がある。つまりボールが変化しても返球しやすい。逆に黄色の部分を見せると、それほどでもないのにものすごく変化しているように映るというんです。よし、これを利用しようと…」

 この手の話は以前にも聞いたことがある。近年、世界陸上のトラックは青色が使われることが多い。人間は青色を見ると心が安まり、平常心で走れるため好記録が生まれやすいというのだ。他方、黄色を目にすると注意力は喚起されるが、落ち着きが失われ、気もそぞろになる。だから信号の注意は黄色なのだろう。

 そんな折、カープの元トレーナーで、現在は大学の研究員である石橋秀幸と話をする機会に恵まれた。彼は色彩心理学に造詣が深い。
 東京ドームができた頃、カープの帽子はもちろん赤色だが、ツバの内側は緑色だった。ドームの天井は乳白色で、ボールは白である。野手はただでさえボールが見にくい上に、目の性質上、より濃い色に引っ張られてしまうらしいのだ。捕球ミスが相次いだ。そこでツバの部分をグレーに変えたところ、落ち着いてプレーができるようになったという。ウソのようなホントの話だ。

 眞鍋の挑戦も石橋の研究も、現時点では科学的に100%正しいと証明されているわけではない。しかし、些事であっても一笑に付すか立ち止まって考えるか、この姿勢の差は大きい。ニッチこそ未来のリッチであると信じたい。

<この原稿は11年1月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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