北朝鮮ではストリートチルドレンのことをコッチェビというらしい。ジャンマダン(闇市場)で残りものを漁ったり、拾い食いをしながら飢えをしのいでいる。隠し撮りされた映像をテレビで見たことがあるが、裸足で服はボロボロ、体はガリガリ。思わず目をそむけそうになった。
 これほど深刻な民生上の問題を抱えながら、しかし、北朝鮮当局はコッチェビの存在を一切、認めていない。この事実を報じた外国のメディアには無視を決め込むか、ものすごい剣幕で批判するかのどちらかだ。
 なぜ、そこまでして隠そうとするのか。理由はいたって簡単だ。コッチェビの存在は積年の経済政策の失敗を意味するものであり、最終的な責任は「将軍様」に行きつく。だから断じて認めるわけにはいかないのだ。つまり、「強盛大国」である彼の国においてコッチェビは存在しないことになっている。というより「存在してはいけない存在」なのだ。

 前置きが長くなった。北朝鮮におけるコッチェビ同様、相撲協会において八百長は存在しないことになっている。協会の規定にも八百長の3文字は存在しない。その代わりにこしらえたのが「無気力相撲」である。
 では八百長と無気力相撲はどう違うのか。2日の記者会見で放駒理事長が「ある意味、イコールだと思っている」と語ったのは、これまでの事情を知る者にとっては衝撃だった。6日に春場所中止が決まった際、理事長は「ウミを全部出し切る」とまで言った。

 その覚悟は良しとしよう。ならば八百長の実態をよく知る者を特別調査委員会に加えてみてはどうか。たとえば、八百長を11年前に告発した元小結の板井。この御仁には『中盆』という著作がある。「中盆」とは相撲界の隠語で「八百長の仲介人」という意味だ。
 それは無茶だと一笑に付す前に考えてほしい。たとえば米国では企業がセキュリティーコンサルタントとして悪名高き元ハッカーを採用する例がたくさんある。蛇の道は蛇というわけだ。

 このくらいの荒療治をやらなければ真相は何ひとつ解明できまい。それとも裏の裏まで知り尽くしたOBに加わってもらっては困る理由でもあるのだろうか。内部告発者を疎んじるのではなく活用するくらいの大胆さがなければ閉鎖社会は変わらない。世間の「待ったなし」の声が、果たして協会幹部の耳には届いているのだろうか。

<この原稿は11年2月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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