欧州サッカーの移籍期限は1月31日、午後7時までである。それに間に合わなければ、移籍は認められない。
 長友佑都のインテル・ミラノへの移籍の手続きが完了したのは「締め切りまで残り数分のことだった。残り5分は切っていただろう」と赤裸々に告白しているのは長友の代理人・ロベルト佃だ。

 ロベルトとは知人の紹介で何度か食事したことがある。アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの日系3世。世界を股にかけて仕事をしている。
そんな人物が書き下ろした本だけに、おもしろくないわけがない。
 タイトルはズバリ『サッカー代理人』(日文新書)。中村俊輔(横浜FM)、長谷部誠(ヴォルフスブルグ)、岡崎慎司(シュツットガルト)、阿部勇樹(レスター・シティ)、そして長友……。これまで多くの日本人選手の海外移籍をアシストし、交渉をまとめてきた。
 
 実はロベルト、長友のインテル移籍に、最初から双手をあげて賛成だったわけではない。
<私は、昨年からのワールドカップ出場、セリエA移籍、アジアカップ出場と、休みなしで大きな出来事が目白押しだった長友にとって、さらに大きな環境の変化を強いる現時点でのビッグクラブ移籍は、本人への精神的、身体的な負担から、どうなのかな、という思いもあった。>
 そんな不安を払拭したのは長友の「上のレベルでチャレンジしたい」という確固たる意志だったという。
 ならば早急にまとめ上げるしかない。長友がミラノに着いたのは当日の午後5時頃だったというのだから、文字どおり綱渡りの交渉だったのだ。

 サッカーの本場はヨーロッパである。ここで名を上げなければ、世界的な代理人とは認められない。
 当然、ヨーロッパには名声と実利を求めて、世界中から腕利きの代理人が集まってくる。水面下での足の引っ張り合いは引きもきらない。
<魑魅魍魎が跋扈するヨーロッパ市場では、ライバルの妨害工作の中で、非常に困難な交渉を強いられる場面は数多く存在する。
 そういういろんな妨害工作を同業者たちがしてくるので、そこを妨害されないように防波堤をつくりながら、外堀を埋めておかなければいけないのだ。>
 読めば読むほど大変な仕事だということが理解できる。

 また代理人は移籍交渉をまとめるだけでなく、契約がきちんと履行されているかについても目を光らせておかなければならない。
 ロベルトによれば金銭面でのトラブルがないのはイギリス、ドイツ、日本の3ヵ国くらいなもので、後は何が起きても不思議ではないという。
<南欧のクラブは金払いが悪い。特にギリシャ、トルコの一部クラブは金払いが悪いことでサッカー界では有名になっている。イタリアとスペインに関しても、一部支払いの滞納をすることがある。
 そんな滞納を催促する際は、私は、代理人ではなく、借金の取り立て人なのかと思うときがある。
「支払いが遅れていますよ」と連絡すると、「大丈夫、大丈夫、みんなに遅れているから」との返事で、「そういう問題ではないだろう」とうんざりさせられてしまうものだ。
 向こうが「ウチはキャッシュがない」と開き直ってしまうこともあり、取り立てるのは大変だ。>
 サッカー代理人にはアタッシュケース片手に海外を飛び回るタフ・ネゴシエーターとのイメージがあるが、まさか未払い給与の取り立てまでやらされているとは……。それも含めて、代理人の仕事なのだろう。

 サッカービジネスは生き馬の目を抜く世界でもある。移籍交渉の失敗は、自らの地位低下を招くだけでなく、選手の価値をも棄損するリスクを伴う。タフな交渉に勝つためには、事前に周到な準備が必要になる。
<私は交渉に行く日は、必ず交渉が始まる3時間前には絶対に起きるようにしている。これが朝7時でも、逆算して3時間前の4時に起きる。そして、交渉を始める90分前には角砂糖を食べる。それは、脳に糖分を十分に供給して、なるべく脳細胞を活性化させるためだ。
 交渉とは、一瞬一瞬の判断力が問われるものであり、瞬発力を要求されるものだから、ぼーっとした頭のままでその場に臨むなど論外だ。>
 選手同様、代理人も戦っているのだ。
 現在、FIFA公認代理人は約6000人。地球全てが、彼らの戦場である。

<この原稿は2011年7月22日付『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

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