死因が急性呼吸不全と聞いて胸が潰れる思いがした。どんなに辛かったことか……。7日に福岡市内で急死した鳴戸親方(元横綱・隆の里)と言えば糖尿病患者として知られたが、それよりも、もっと深刻なのがゼンソクと心臓病、それに睡眠時無呼吸症候群(SAS)だった。
 実は私もゼンソクとSASを患っており、鳴戸親方とは「同病相憐れむ」間柄だった。ともにゼンソクを発病したのは3歳の時。典型的な小児ゼンソクだ。
 聞けば症状もそっくりだった。呼吸困難を起こし、体が紫色に変色した。専門医によれば、これは血中の酸素濃度が低下したチアノーゼの症状。当時はそのまま死に至ることも珍しくなかった。

 どんなクスリを使用したのか。
「鼻から粉薬を入れました。それはりんごの病気(腐乱病)にも効果があると言われていた。私の出身である青森県はりんごづくりが盛んでしたから……」
 りんごのクスリが果たしてゼンソクに効果があったのか。そこを訊ねると「それはわからない」と言って人懐こい笑みを浮かべた。
 そして続けた。「青森は冬が寒いので、部屋の窓のすき間に全部ビニールを貼って密閉していた。だから換気ができない。しかもワラ仕事で土ぼこりは舞うし、養鶏場のフンも匂う。囲炉裏の煙も出る。ゼンソクに悪い要素は全て揃っていました」
 親方の父親もゼンソク患者で、咳き込むと赤ら顔が真っ青になったという。角界に入門して間もなく、44歳で世を去った。

 現役時代にはゼンソクや糖尿病をはじめ、いろいろな病気に苦しめられたため、親方になってからは人一倍、健康に気を遣った。外出する際には「緊急薬」と赤字で書いた封筒をカバンに入れて持ち歩いた。
「何が入っているんですか?」と聞くと「心臓発作の予防薬とゼンソクの発作のクスリ」と答えた。これも私と一緒だった。「若い衆には“何かあったら、これを出してくれ”と伝えている。消火器みたいなものですよ」。そう言って豪快に笑った。

 親方にはウソのような大真面目な夢があった。「いつかゼンソクの弟子に“喘息力(ゼンソクリョク)”という四股名を付けようと思っているんです。本人にも患者さんにも励みになりますから」。国内のゼンソク患者約300万人に向けた愛情とユーモアのこもったメッセージだった。合掌。

<この原稿は11年11月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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