携帯電話の着信音が鳴ったのは日曜日(4日)の夕刻だった。いま成田に着いたばかりなのだという。「勝ちました。タイトルを取りました」。独特の低音が弾んでいた。
 西澤ヨシノリがシドニーで戦った相手はタイ人のチョクチャナ・シスクルポン。5回KOで世界タイトルを獲得した。「相手はムエタイ経験者だったので粘り強かった。初回に右クロスでダウンを奪って主導権を握れた。フィニッシュは左フックでした」
 世界タイトルとはいっても認定機関はボクシングファンでも通以外は耳にしたことがないマイナー団体。UBCクルーザー級、WPBF同級、WBF英連邦同級の3タイトルをかけて行なわれ、西澤は3本のベルトを手中に収めた。

 マイナー団体ゆえファイトマネーは出ない。渡航費用も自腹だ。それでも45歳の西澤が現役にこだわるのは、なぜなのか。「信じてもらえないかもしれませんが、昔よりも今の方が強いという実感がある。20代の僕にはなかったリング内の駆け引きや精神的なスタミナが40代の今はあるんです。相手の力量も今ではゴングが鳴ってグラブをかわした瞬間にわかります。だから、まだまだやれると……」

 西澤とは、かれこれもう25年の付き合いになる。遅咲きのボクサーでミドル級の日本王者になったのは31歳の時。OPBFのベルト(スーパーミドル級)を最初に腰に巻いたのは33歳の時だ。
 JBCが認定している団体の世界王座にも04年1月(WBAスーパーミドル級)、同年12月(WBC同級)と2度、挑戦した。いずれの試合も先にダウンを奪いながら、戴冠には失敗した。

 03年、JBCが決めたボクサーライセンスの年齢制限(37歳)に達した。その後、「元王者」などに適用される規約改正を受けて現役を続行したものの、07年2月、OPBF王座(ライトヘビー級)から陥落したことなどを理由に引退勧告を受けた。それでも現役に未練を残す西澤は豪州ニューサウスウェールズ州でライセンスを取得。現在は豪州を主戦場にしている。

「悔いを残したくない」という西澤の気持ちは痛いほど分かる。一方で「ケガが心配」との家族の気持ちも十分過ぎるほど理解できる。齢を重ねての夢は犠牲を伴う。どこで幕を引くのか。年が明ければ西澤は46歳になる。

<この原稿は11年12月7日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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