310勝投手の別所毅彦は座談の名手だった。話術が巧みで声に抑揚がある。しかもエピソード満載ときている。思わず「それ、本当ですか?」と聞き直したことも一度や二度ではない。
 もう今から20年くらい前の話だ。「最近の投手は自己管理がなっとらん!」。貧乏ゆすりをしながら、別所は語気を強めた。この仕草は怒りのボルテージを示すものだ。別所が槍玉に挙げたのは、オフのバラエティ番組でタレントと手を握った、ある若手投手。
「僕はね、夜の街に繰り出しても絶対にホステスさんと手だけは握らなかった。そのくらい商売道具を大切にしたもんだよ」。「別所さん、本当ですか?」。「ああ、右手ではね。女性は化粧もするし香水もつけている。当然、手でやるわけでしょう。その時点で女性の手は、いろんな“成分”を含んでいる。申し訳ないけど、そういう手を握ると、こっちの指先の皮膚感覚が鈍る恐れがあるんだな」
 指先の皮膚感覚、という言葉が妙に新鮮だった。その風貌からして豪放磊落に映ったが、実は繊細にして細心。310勝投手の意外な一面を見る思いがした。

 過日、レンジャーズの上原浩治に会った。「(MLBの公式球には)まだ馴染めない」と苦笑いを浮かべて言った。「日本の(高品質の)ボールと比べたら天と地ほどの違いがある。アメリカのボールはひとつひとつ全て違う。しかもツルッツル。まだ悩んでいます」
 慣れ不慣れの問題なら時間がたてば解決する。MLBで3シーズン戦い、それでも「まだ馴染めない」というのだから、上原の悩みは深刻だ。指先の皮膚感覚が無意識のうちに拒否反応を示しているのだろう。

 2002年に1年間、MLBでプレーした小宮山悟も米国製のボールに馴染めなかった投手のひとり。「もう指先の皮を変えるしかないと思った」と冗談とも本気ともつかぬ顔で語っていた。
 その一方でMLB通算123勝をあげた野茂英雄のように「ボールの違い? 全然気にならないですよ」と平然と語った者もいる。指先の皮膚感覚は、十人十色、人それぞれということだ。

 今季からNPBは国際標準に近い統一球を採用したが、それでもMLBの公式球とは大きな隔たりがある。ダルビッシュ有、和田毅ら、来季、海を渡ると見られる、この国のエース級の指先の皮膚感覚が気になる。

<この原稿は11年12月14日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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