「待て」。柔道のルールに則り、いったん仕切り直してもいいのではないか。
 周知のように今春から中学1、2年の授業で柔道などの武道が必修化される。その狙いを文科省はこう説明する。
<武道の学習では、相手の動きや「技」に対して、自ら工夫して攻防する技を習得した喜びや、勝敗を競い合う楽しさを味わうことができるようにするとともに、武道に対する伝統的な考え方を理解し、それに基づく行動の仕方を身に付けることができるようにすることが大切である>(学校体育実技指導資料)。まことに正論だが、次の事実を知れば手放しで賛成というわけにはいかない。

 28年間で114人。これは2010年度までに柔道による事故で死亡した中高生の数である。年平均4人以上というのだから愕然とする。安全対策が不十分なまま必修化に踏み切った場合、取り返しがつかない事態を招きかねない。

「ひとりの柔道家として私も心配しています」。深刻な面持ちでそう語ったのはシドニー五輪柔道100キロ級金メダリストの井上康生だ。「たとえば受け身。横向きと後ろ向きでは脳への衝撃度は全然違います。果たして、どれだけの指導者が、それを理解しているか。畳も重要です。スプリングを入れるなど安全性に配慮している学校もあれば、ただ板の上に畳を敷いているだけのところもある。そのあたりもチェックすべきです」

 医師の立場から警鐘を鳴らす人もいる。自身も柔道家である愛媛大学柔道部顧問の坂山憲史医師はこう指摘する。「指導者には細心の注意が求められます。まず大きい者と小さい者の乱取りは危険です。後頭部を打った子供たちには両目をつぶったまま片足で立たせたり、自分の名前や日付を言わせることである程度、意識障害の有無が確認できます。正常ではないと判断したら、すぐ脳神経外科で診察してもらうこと。参考になるのはジュニアラグビーの安全対策です」
 ジュニアラグビーでは「脳震とうを起こしたプレーヤーは医師の許可があるか無いかに関わらず3週間は練習、及び試合を控えるよう徹底する」などキメ細かい安全対策がなされている。

 しかし、それでも事故は起きる。教育の現場で命を落とすという悲劇を繰り返さないためには何をすべきか。文科省は安全強化を現場任せにせず、本腰を入れて指導に乗り出すべきだ。

<この原稿は12年1月4日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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