誰を選ぶかも大事だが、選んだ選手をどう管理し、最高のコンディションでロンドンを走らせるか。こちらの方がもっと重要ではないか。そして、それこそが北京の教訓だろう。
 男子マラソンはロンドン五輪最終選考会のびわ湖毎日を終え、いよいよ代表発表を待つばかり。女子も最終選考会の名古屋ウィメンズ(11日)の翌日、男子とともに代表選手が決定する。

 北京五輪で私は生まれて初めての体験をした。目の前で倒れたマラソン選手を背負い、数人の関係者と協力して“バケツリレー”のようなかたちで救急車に運んだのだ。

 25キロ地点の手前でよろめく土佐礼子を抱きかかえるようにしてレースを止めたのはヘッドコーチの木内敏夫だった。中国の救護体制は万全ではなかった。そのまま彼女は大通りの脇に放置された。嗚咽をもらすだけで一言も発せられない。大げさでなく最悪の事態が脳裡に浮かんだ。もう取材どころではない。閉まっていたビルを開けさせ、数人がかりで彼女を運び込んだ。

 水を勧めても全く口にできない。ついには痙攣が始まった。それなのに、あろうことか救急車は、はるか先で信号待ちをしている。苦肉の策として“バケツリレー”を思いついた。彼女を背負ってみて、そのあまりの軽さに驚いた。ここまで身を削っていたとは……。

 完走が極めて難しいということは事前に関係者から聞いて知っていた。「土佐の故障は外反母趾と公表していますが、実は中足骨の炎症なんです」。本番5日前にはアテネ五輪金メダリストの野口みずきが「左大腿二頭筋の肉離れおよび左半腱様筋の損傷」を理由に出場辞退を発表していた。野口に続いて土佐までもが辞退となれば、これは陸連の大失態だ。本人は否定していたが、とても欠場が許されるような雰囲気ではなかった。結局、日本勢で完走したのは22歳の中村友梨香ひとり。2時間30分19秒、13位という記録だけが残った。

 戦略上、所属チームや選手が故障の状況を隠すことは理解できる。しかし陸連までが正確に把握していなかったとなると、これは問題だ。悔やまれることに女子の補欠・森本友はレース18日前の7月30日の時点で登録から抹消されていた。いったい、何のための補欠制度だったのか。北京の轍を踏んではならない。

<この原稿は12年3月7日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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