右手の人さし指で鼻を押しつぶし、左手で耳をねじる。そして、しわがれ声で話す。「フレイジャーが番組に出たら(こんな感じだ)」。次の瞬間、スタジオは嘲笑に包まれた。
 番組の主役はムハマド・アリ。対戦相手のジョー・フレイジャーを揶揄しているのだ。アリの挑発は続く。「(フレイジャーは)リズム感もフットワークもなく、まともに話もできない。歌がうまいなんてウソだろ」
 フレイジャーに加勢したのが、後にアリのアゴを叩き割るケン・ノートンだ。「彼(アリ)は知るべきだった。コメントを受け取る側の気持ちを。私はこれを自分の“兄弟”に対する侮辱と受け取った」。ジョージ・チュヴァロはレフェリーのような冷静な感想を口にした。「ジョーは言い返さなかった。口では勝てないから、拳で証明するしかなかったんだ」。ここで画面はフレイジャーに切り替わる。「これが彼と私の間の話なら状況も違っただろう。だが私には家族がいた。ヤツを葬りたかった…」

 テンポよくボクサーたちのコメントをつなぎながら、ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンのリングがアップになる。1971年3月8日。世界ヘビー級タイトルマッチ。世紀の一戦をリングサイドの3列目から見ていたのが、後にアリとグローブを交えるロン・ライルだった。「倒れた時のアリの目は死人のようだった。だが彼はすぐに立ち上がってフレイジャーを見た。あの時、ボクサーとして彼の中に見たもの、それは敬意だ」

 このドキュメンタリー映画のタイトルは「フェイシング・アリ」(8月日本公開)。アリと戦った10人のボクサーの証言と貴重なフィルムがザ・グレーティストの実像を浮き彫りにする。

 英国出身で女王陛下からサーの称号を授かったヘンリー・クーパーの証言は聞いているだけで辛かった。「その場に私もいたんだ。医師はこう説明していた。“彼は後頭部を何度も打ちつけているんです。いくつかの脳細胞が死んでいて、脳が正常に動いていないんだ”と…」。アリは今、パーキンソン病と闘っている。

 早いものでアリも70歳になった。公民権運動、イスラム(ブラック・ムスリム)への改宗、ベトナム戦争徴兵拒否、王座剥奪、長いブランクを経ての復活、キンシャサの奇跡…老いたる英雄の胸には今、どんな思いが去来しているのか。もう誰もアリから本音を聞き出すことはできない。

<この原稿は12年7月4日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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