ちょうど1年前の夏、高橋靖彦はひとしきり悩んでいた。ラート協会から届いた1通のメール。それは夢に挑戦するアスリートへの支援プロジェクト「第1回マルハンWorld Challengers」への募集の知らせだった。
「果たして自分のようなラートというマイナースポーツの競技者でも、応募してもいいものだろうか……」
 しばらく考えた末、高橋は応募することに決めた。躊躇する彼の背中を押したのは「これをやれるのは、今の日本ラート界では自分しかいない!」という使命感だった。今や世界のトップレベルにある日本ラート界の期待の星・高橋が、新たな一歩を踏み出した瞬間だった。

 2011年3月11日。未曾有の被害をもたらした「東日本大震災」が起こった。筑波大学大学院生の高橋は、3カ月後に迫った世界選手権に向けて、つくば市内の体育館で練習をしている真っ最中だったという。自宅のアパートに戻ると、大きな天井の板が1枚、部屋の中に落ち、そこから冷たい隙間風がビュービューと入り込んでいた。停電し、ストーブが使えない部屋の中はまるで冷蔵庫のように冷え切っていた。それから約9カ月間、隙間風の絶えない部屋で、高橋は過ごしたという。
「修理をお願いしても、僕のような個人アパートは最後に回されて、なかなか来てもらえなかったんです。茨城県内もかなり被害を受けましたからね。仕方なかったと思います」

 だが、刻々と近づく世界選手権の方はのんびりとはしていられなかった。当時は、本来であれば、本番に向けて追い込まなければならない時期だった。しかし、震災の影響で大学やつくば市内の施設が使用できず、練習することができなかった。
「もちろん、『こんな時に競技を続けていいのだろうか』と考えた時もありました。でも、僕は日本代表に選ばれたわけですから、逆に世界で活躍する姿を見せて、少しでも明るいニュースを届けたい、と思ったんです。だから、自粛ではなく、逆に頑張ろうと思いました。でも、なかなか練習する場所が見つからず、苦労しましたね」

 そんな時、救いの手を差しのべてくれたのが、千葉県柏市にある「手賀の丘少年自然の家」だった。同施設ではラートの体験教室や講習会が開かれており、ラートに対しての理解が深かったのだ。体育館が空いている時間帯を見計らい、週2、3日のペースで高橋は同施設に通った。そして4月中旬になると、それまでと違う大学内の体育館が使用できることになった。とはいえ、バスケットコートが2面のみの小さな体育館に、さまざまな部活が練習場所を求めてきており、やはり練習の時間帯は限られていた。結局、落ち着いて練習できる環境が整わないまま、高橋は世界選手権に挑んだ。だが、心身ともに調子は悪くはなかったという。「やれることはやってきた。あとは、もうやるしかない」。そんな気持ちになっていた。

 ところが、個人種目を残して迎えた最終日、高橋をアクシデントが襲った。本番直前の練習でヒザを痛めてしまったのだ。ほとんど練習ができないまま、本番を迎えた高橋は痛み止めを飲んで臨んだ。結果は跳躍6位、直転5位、斜転4位で総合4位。とても納得することはできなかった。
「『ケガを言い訳にはできない』と思って臨んだのですが、やっぱり演技している最中もヒザの痛みが気になってしまいました。精一杯やったつもりですけど、自分の実力を出し切れずに終わったことが何よりも悔しかったですね。表彰台まであと一歩でしたから、『万全であれば……』という気持ちにもなってしまいました」

 無念さを感じていたのは本人ばかりではなかった。日本に残って選手の成功を待望していたラート協会事務局の西井英理子も、高橋の映像を見て、同じ思いでいた。
「ケガの影響で小さくまとまった消極的な演技になっていましたね。高橋くんの最大の良さであるはずのダイナミックさが影を潜めていました。『あぁ、これまでの彼の努力は何だったのだろう……』と思わずにはいられませんでした」

 悔しさを糧にした大きな一歩

 帰国後、精根尽き果てたかのように、何もする気が起きなかった。いつもならビデオで自分の演技をチェックする高橋だが、じっくりと振り返ることさえもしたくなかった。1カ月間、高橋は練習を休んだ。しかし、日を追うごとに「このままでは終われない」という気持ちが強まっていった。

「考えてみれば、前回の09年では総合12位で予選落ちしていた自分が、ケガをしながらも世界のベスト4に入ったんです。2年間で、無名から一気に世界のトップ選手との差を縮めることができた自分には、“成長”という勢いがある。それだけは世界のどの選手にも負けないはずだ、と思えたんです」
 高橋は、2年後の世界選手権でのリベンジを誓った。目指すは1位の座だ。

 とはいえ、ラートだけで生計を立てていけるほど、甘い世界ではない。翌年には大学院を卒業する予定だった高橋は、2年後の世界選手権に向けての道を模索し始めた。「マルハンWorld Challengers」の募集を知ったのは、そんな時だった。次なる目標への挑戦、そしてラートの普及活動を進めたいと考えていた高橋には、願ってもない話だった。
「これをやれるのは自分しかいない」と使命感を募らせた高橋。実際、ラート協会から募集を通知したのは、昨年の第9回世界選手権の日本代表選手10名だったが、そのうちエントリーしたのは、高橋含め3名。そして精力的に活動したのは彼ただ一人だったという。
「もちろん、自分以外にも実績がある人もいますし、普及活動をされている方もいます。でも、今の僕はその両方をやろうとしている。世界のトップを目指しながら、普及にも力を入れていきたいと考えているんです。そういう僕にしかできないことがあるんじゃないかと思ったんです。その一つが“World Challengers”への応募かなと」

 ラート協会にとっても高橋が応募したことはプラスと考えられていた。事務局西井はこう語っている。
「選手やOBの皆さんは、それぞれの立場で一生懸命に普及活動をしてくれています。その中で昨年、高橋くんが“World Challengers”に応募してくれたことは、ラート界にとっても大きなチャンスだと思いました。メディアに取り上げられることも多くなるでしょうから、ラートという競技の認知度を高めることができます。そして、現役として世界で活躍する高橋くんは、その担い手として期待できる人材の一人です」

 見事、書類審査を通過した高橋は、昨年10月に行なわれた最終オーディションで100万円の支援を受けることが決定した。その一部を使って、今年3月には来年の世界選手権と同じ会場で行なわれたUSオープンに出場した。そこで会場の雰囲気だけでなく、演技に影響が小さくない床の感触をつかんできたことは、高橋にとって大きな意味を持つ。

「ラートという競技にとって、床はとても重要なんです。硬い床もあれば軟らかい床もある。季節や気候によっても変わりますし、たとえ国内でも同じ床はないという程、施設によって異なります。硬ければ反動がつきやすいのですが、軟らかいと特に直転では力を必要とします。床の硬さによって、体の使い方や力の入れ具合に微調整が必要で、それをいかに早く、的確にできるかが勝負の一つになります。ですから、来年の世界選手権の床がどんな感じなのかを知ることができたことが、本番で有利に働くはずです」

 一方、普及活動においても、高橋は着々と準備を進めてきた。その第一弾として、今月からは茨城県つくば市の洞峰公園体育館で週に一度、ラート教室をスタートさせた。もちろん、これまでも体験会やイベントに積極的に参加してきた。だが、それはいずれも他者に招かれてのもの。今回は高橋自らが立案し、施設に掛け合ったのだ。新たな普及活動の場を自らの力で切り拓いていく、その第一歩を踏み出したのである。

 1カ月前、高橋のブログにはこんな文が書かれている。
<昨年度、私が選ばれた企画の第二弾の応募がスタートしています。(中略)第一回から7ヶ月経ちますが、その間たくさんの方と出会ってきました。ラートというマイナースポーツであっても、応援して下さることに心から感謝しております。また、マイナーだからといって卑屈にならずに、もっと積極的に情報発信していこうという前向きな気持ちにもなりました。いただいたのは協賛金だけではありません。むしろお金に換えられない、かけがえのない経験ができています。(後略)>

「こんなマイナーなスポーツでも応募していいのかな……」
 1年前、躊躇しながらも「マルハンWorld Challengers」への応募を決めた高橋。その挑戦が今、彼の世界を着実に広げている。

(後編は7月18日更新予定です)


高橋靖彦(たかはし・やすひこ)
1985年5月12日、秋田県角館町生まれ。筑波大学大学院。3歳から野球を始め、内野手として活躍。筑波大学でも硬式野球部に所属したが、1年時に足首を痛め、断念。「新しいスポーツに挑戦したい」という思いから体操部に所属し、ラートに魅了される。2010年世界チームカップ大会2位。昨年の世界選手権では男子総合4位、団体3位。体験教室やイベントなど、普及活動も積極的に行なっている。
ブログ:やすの「ラート」的生活



 夢を諦めず挑戦せよ! 『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』開催決定!
 公開オーディション(8月28日、ウェスティンホテル東京)で、世界に挑むアスリートを支援します。



※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(斎藤寿子)
◎バックナンバーはこちらから