二宮: 8月には恒例の「フレンズオンアイス」が横浜で開催されます。このショーのテーマは?
荒川: フレンズオンアイスは私がプロとしての第一歩を踏み出そうと立ち上げたものです。同世代でいろんな経験を積んだスケーターたちと一緒にショーをつくりあげ、未来を担う子供たちにも参加してもらって、トップスケーターと時間を共有してもらいたい。そんな思いを込めてイベントをネーミングしました。最初は毎年続ける予定はなかったのですが、次の年も開催できることになり、もう7回目を迎えます。

二宮: ショーを立ち上げると言っても、実際には大変だったでしょう?
荒川: もちろんプロデュースに関しては右も左も分かりませんでした。ただ、回を重ねていくうちに来場したお客様がたまたま席が隣になって会話を交わしたことで、友達になったという話を聞いたんです。出演したスケーターのみならず、お客様も含めて、同じ会場に集まった人がつながっていく。まさにフレンズオンアイスという名前にピッタリのショーになりつつあるなと感じています。

 土地柄、お国柄で異なるファン

二宮: つながりが希薄になっている時代に、そういう場があることは貴重ですね。
荒川: そう思います。スケーターだけがショーの主役ではなく、お客様もスタッフも全員でひとつのものをつくる。ショーの中身も誰かがすべて決めるのではなく、私がコンセプトだけ決めて、後は皆でアイデアを出し合いながら、完成させています。本番2日前にスケーターが集合し、そこから氷上で意見交換しながら、ショーをつくりあげていく作業は、とても楽しく充実した時間です。

二宮: ショーを成功させる上で観客の役割は重要でしょうね。スポーツの世界でも「ファンの応援が力になる」という言葉をよく耳にします。やはり会場内で観る者との一体感をつくれるかどうかも、一流選手の条件ではないかと感じます。
荒川: 自分の演技に対して、お客様の反応があると、滑るのがとても楽しくなっていきます。それによって、今度はこんなことをやってみようとやりがいも生まれてくる。フィギュアスケートは個人競技ですが、ひとりだけではいい演技はできません。こちらからお客様に対して、伝えたい思いをしっかりと届けることで反応が返ってくる。特にショーの場合はジャッジの採点はありませんから、お客様の反応がすべて。だから、お互いに“キャッチボール”をしていく気持ちで滑ることがより大切だと思います。

二宮: ショーを各地でやると、場所によっても会場の雰囲気が違うのでは?
荒川: 地域の特色は出ますね。たとえば大阪は、とても皆さんがフレンドリーで「応援してるから、頑張りや!」という雰囲気になります。また名古屋はもともとスケート熱が高いからか、お客様がアイスショーに慣れている感じがします。盛り上がるところではとても熱狂的ですね。逆に東京は全国各地からお客様がいらっしゃるのでカラーが出にくい。その日、その日で雰囲気が異なります。

二宮: 日本と海外の違いは?
荒川: 海外、特に欧米ではショーそのものを楽しんでいる方が多いですね。日本を含めたアジアでは、ショーだけではなく、それぞれが応援しているスケーターに会えることを楽しみにしているお客様も少なくないと感じます。日本や韓国、中国では会場やホテルで出待ちするファンも多いんですよ。

二宮: 確かにそうですね。欧米では選手のプライベートをファンは邪魔しないという文化がありますが、日本やアジアでは、まだそういう関係が完全にはできあがっていない。
荒川: 特に中性的な雰囲気を持った男性スケーターには熱狂的なファンが多い印象です。たとえば米国のジョニー・ウィアー選手やステファン・ランビエル選手、日本なら橋大輔選手。国が違っても同じ選手にファンが集まる傾向があるので、興味深いなと思っています。

 日本人ジャッジは厳しい?

二宮: フィギュアスケートの大会を見ていて感心するのが、演技後の「キス&クライ」です。どんなに失敗しても採点を見ずに帰ったり、悔しさを露わにしない。そこも含めて演技だという自覚があるのでしょうか?
荒川: まず、いくら演技に納得がいかないからといって、キス&クライに座らないと罰金をとられる決まりになっています。しかも目の前にモニターがあって、自分がどう映っているかが常に出ている。だから髪が乱れていないかとか、選手たちは画面を見ながらセルフチェックをしているんです。ただ、演技が良ければ選手は笑っていますし、悪いとあまり笑顔を見せない。演技中と比べると、素直な感情が顔に表れていると感じます。

二宮: 他のスポーツだとジャッジに納得がいかないと直接抗議に行く選手もいますが、フィギュアスケートでは、そういったシーンもほとんど見かけないですね。
荒川: いくら抗議しても、点数は絶対に覆りませんからね。自己評価と他人の評価は必ずしもリンクしない。その点は選手たちも割り切りができているのだと思います。良くても悪くても、ひとつの演技をやり遂げたという一定の満足感があるのではないでしょうか。

二宮: 先程、ファンにお国柄が出るという話がありましたが、ジャッジも国によって特徴はありますか?
荒川: もちろんです。ヨーロッパのジャッジは、やはり自分たちの国や地域の選手に対する評価が甘い面があるのかなと思います。一方、日本人のジャッジは逆の傾向が強い。日本の選手には厳しめの採点をすることが多いですね。「自分たちの国の選手をひいきしている」と思われたくないとの気持ちが無意識のうちに働くのかもしれません。

二宮: ではフィギュアスケートの世界では、日本のホームアドバンテージはないに等しいと?
荒川: もちろん自国開催だと、会場全体を味方につけられますから有利です。ただ、日本人のジャッジがいるからといって得になるとは限らない……。基本的に日本人のジャッジは無難な採点が多いですね。自己主張が苦手なお国柄なので、後でレビューした時に周囲から突っ込まれることを恐れるのかもしれません。これが外国人のジャッジだと、「大胆な点数だな」とこちらが感じるような演技でも、「ここがすごかったから高い点数をつけたんだ」と自信満々に主張してきます。

二宮: 採点競技は主観が入るから本当に難しい。現在は技術点、構成点といった具合に細かく分割して点数をつけるシステムになっていますが、かえって一般のファンには分かりにくくなっていますね。
荒川: 細かく点数は出ているように見えますが、かえって「なぜ、これが8点で、これが7点なのか」という説明がしにくくなっていると思います。曖昧かもしれないですが、昔のように6点満点でジャッジする方式のほうが良かったのかもしれません。

 世界最高得点=最高の演技?

二宮: 基準が明確化されているなら、ジャッジによって点数は違わないはずですからね。どうして同じ基準で点数が異なるのか、かえって疑問がわきます。
荒川: 芸術に対して点数をつけること自体、そもそも大変な作業です。ところが、点数を細かく計算するようになったために、最近は「世界最高得点が出ました」という記録に注目が集まるようになっています。そうすると、「世界最高得点=最高の演技」という、少しフィギュアスケートの本質とは異なる見方が生まれてしまう。本人の感覚では決して「最高の演技」ではなくても、世界最高得点が出ると周囲は「最高の演技」だったと思いこんでしまうんです。でも、後になってみると、人々の記憶に残っているのは演技そのものよりも、得点になってしまいます。これは選手にとっては不幸なことではないかと思うのです。

二宮: 確かにその通りですね。
荒川: たとえば、ある選手がショートプログラムで同じように滑ったのに、ある試合では70点で、別の試合では75点になることがあります。では、この5点の差はどこにあるのか? これを明確に説明するのは難しいでしょう。あえて説明するとすれば、それは期待値の差です。高得点を期待される選手が、その通りの演技をすれば高い評価が下されます。

二宮: つまり、最初から全選手がフラットの状態で採点されるわけではないと? 上位を期待される選手のほうが高得点を出しやすい構造になっているというわけですね。
荒川: たとえば韓国のキム・ヨナ選手がバンクーバー五輪のシーズンにどんどん得点を上げたことに対して、「点数を高くつけすぎだ」と批判する意見がありました。でも、彼女はジャッジが「このくらいやってくれるだろう」という期待に対し、素晴らしい演技で応え続けた。その積み重ねで得点が伸びていった側面があります。でも、多くの方々は目の前の演技だけで評価されると思っていますから、「こんなに点数が高いのはなぜ?」という疑問がわいてきてしまうのです。

二宮: なるほど。だから上位選手は少々ミスをしても、著しく低い点数にはならないわけですね。
荒川: キム・ヨナ選手やエバン・ライサチェク選手のバンクーバー五輪での金メダルは“積み重ねの勝利”と言ってもいいでしょう。五輪だけの演技で高得点をたたき出したのではありません。シーズンを通じて安定した演技が、ショートプログラムでの世界最高得点につながったのだと思います。いい演技を続けていると、ジャッジが「この選手はこのくらいできる」という安心感を抱くんですね。すると、同じ演技をしても得点が少しずつ上がっていく。逆に、ちょっと調子が悪くても良かった時の印象が強いから、それに救われて点数が高めに出る傾向があります。

二宮: 一方、銀メダルだった浅田真央選手は五輪前、グランプリファイナル進出を逃すなど不調でした。それがジャッジの印象に少なからず影響を与えたとの考えですか?
荒川: 真央ちゃんもバンクーバーのショートプログラムではミスがなかったのに、点数では5点近くの差が出ました。その原因を探るとシーズンのスタートで、やや評価を落としていたことがあげられます。2008年に世界選手権で優勝した後、なかなか思うような演技ができなくてジャッジへの印象が変わってきていました。五輪前はいい演技を続けていたにもかかわらず、評価は急には上がらない。それが得点差につながってしまったのかなと感じました。

二宮: つまり、戦いは五輪本番の前から始まっているわけですね。こうしたジャッジの傾向は選手たちも理解しているのですか?
荒川: 充分、分かっています。だから、世界選手権などの大きな大会だけでポーンと、いい演技をすればいいのではなく、他の試合でいい演技を継続して見せておく必要がある。私の場合もトリノ五輪の前のシーズンは決して良くなかったので、最初はジャッジの点数がなかなか出なかった。だからシーズンの前半はグランプリファイナルにも出られず、苦しみました。それが五輪前の2試合くらいから、まずまずの状態でも得点が出ていたので、評価が戻ってきたなとの感覚を抱いていました。

 採点で優劣を競いたくない

二宮: このことを踏まえておくと、フィギュアスケートの採点に対する見方が変わってきますね。継続性が大事だと分かれば、同じような演技で点差がつく理由が納得できる。
荒川: だから次のシーズンに関していえば、橋選手は最後の国別対抗戦でいい演技をしていたので、得点のベースは高い状態でスタートできると思います。休養から復帰する安藤美姫選手も世界選手権を制した状態で競技を離れましたから評価は悪くないのではと思います。

二宮: いやぁ、勉強になりました。荒川さんには一度、『フィギュアスケート、ジャッジの謎』というタイトルで本を出してほしいくらいです(笑)。
荒川: テレビの解説などでは短い時間でここまで説明しきれないのが実情です。ファンから常に「ジャッジが不正だ」という批判が出るのは、フィギュアスケートにとっても良くないこと。すべてジャッジに問題があるとは限らない点を知っていただければうれしいです。

二宮: 今までの話を聞いていると、荒川さんは「アスリート」というよりも、「アーティスト」と表現したほうがいいのかもしれません。「誰かに勝ちたい」という気持ちよりも、「自分の表現を極めたい」という思いで競技を続けてきたように感じます。
荒川: きっと、そうでしょうね。アマチュア時代から、ずっと得点で優劣がつくことに違和感がありましたから。2人の選手がどんなに素晴らしい演技をしても、1位と2位に分かれる以上、「片方は良くて、片方は悪い」という評価になってしまう。数あるスポーツのなかでフィギュアスケートを選んだのも、人それぞれのカラーが出せて水泳や陸上のように明確な勝敗がつかないところに魅力を感じたからだと思います。

二宮: 気づけば、「那由多(なゆた)の刻(とき)」のソーダ割り、2杯目もグラスが空になりました(笑)。
荒川: このソーダ割りは、女性には特に好まれるんじゃないかなと思いました。焼酎に「匂いが独特」というイメージで抵抗感を持っている方もいるでしょうが、こうやって飲むとスッキリと楽しめます。

二宮: では、今度のアイスショーの打ち上げの際にはぜひ。
荒川: 「那由多(なゆた)の刻(とき)」そのものがブランデーみたいな味わいで、何にでも合うように感じました。出演者にはお酒好きの人も多いので、ソーダ割りを出したら、あっという間にみんなに飲まれてしまいますね。私の分は、どこかにキープしておかないと……(笑)。

(おわり)
※現在発売中の『Hanako』7月26日号(マガジンハウス)では、この対談の特別編が掲載されています。こちらも合わせてお楽しみください。

<荒川静香(あらかわ・しずか)プロフィール>
1981年12月29日、神奈川県出身。プリンスホテル所属。5歳でスケートを始め、小学3年で3回転ジャンプをマスター。天才少女と呼ばれる。94年〜96年には全日本ジュニアフィギュア選手権3連覇を達成。97年にシニアへ移行後、日本選手権で初優勝。98年、長野五輪出場を果たす。2004年、ドルトムントの世界選手権では技術点で満点の6.0をマークし、ワールドチャンピオンに。06年のトリノ五輪ではショートプログラムとフリースケーティングで自己ベストを更新して金メダルを獲得。日本フィギュア界で初めて世界選手権、五輪両方での金メダリストとなる。同年、プロ宣言を行い、現在は国内外のアイスショーを中心に、テレビ出演などさまざまな分野で精力に活動中。8月24日〜26日には自身がプロデュースするフレンズオンアイス(>>公式サイト)が開催される。
>>オフィシャルサイト




★今回の対談で楽しんだお酒★[/color]

長期に渡り、樫樽の中で貯蔵熟成した長期貯蔵の本格そば焼酎「那由多(なゆた)の刻(とき)」。豊かな香りとまろやかなコクの深い味わいが特徴。国際的な品評会「モンドセレクション」2012年最高金賞(GRAND GOLD AWARD)受賞。

提供/雲海酒造株式会社

<対談協力>
AOYAMA CAFE
東京都港区北青山3−6−23 B1階
TEL:03-3498-9777
営業時間:
昼 11:30〜15:00(L.O.14:30)
夜 18:00〜24:00

☆プレゼント☆
 荒川静香さんの直筆サイン色紙を長期貯蔵本格そば焼酎「那由多(なゆた)の刻(とき)」(720ml、アルコール度数25度)とともに読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はより、本文の最初に「荒川静香さんのサイン色紙希望」と明記の上、下記クイズの答え、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)、このコーナーへの感想や取り上げて欲しいゲストなどがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選は発表をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。なお、ご応募は20歳以上の方に限らせていただきます。
◎クイズ◎
 今回、荒川静香さんと楽しんだお酒の名前は?

 お酒は20歳になってから。
 お酒は楽しく適量を。
 飲酒運転は絶対にやめましょう。
 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

(構成:石田洋之)
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