二宮: お久しぶりです。3年前はビールを飲みながらトリノ五輪の金メダルの秘話や、フィギュアスケートの採点方法について、興味深い話をたくさん伺いました。読者からもかなり反響が大きかったんですよ。最初にビールで乾杯してから、最後の締めまでビールで、本当にお酒が好きなんだなと感じました(笑)。
荒川: そうでしたかね(笑)。私はその日の気分で、飲みたいお酒をずっと飲むことが多いんです。あまり体のなかで、いろんなお酒を混ぜたくない。友人との集まりでも、いきなり泡盛を注文することもあって、乾杯前に皆をお待たせしちゃう(笑)。

 人間らしさを取り戻した沖縄の旅

二宮: 乾杯から泡盛! それはすごい。ひとつのお酒で通すのも、荒川さんならではのこだわりですね。
荒川: 泡盛は沖縄に遊びに行った時に地元の方と飲んだのが、とてもおいしかったんです。その時はあえて3日間ほど完全にスケジュールを空けて、時間に縛られない生活をしていました。明るくなったら起きて、海で走ったり、泳いだり、自然のなかで遊ぶ。日中はシーサーつくりをしながら過ごして、日が暮れたら、ごはんを食べて、お酒を飲んで、気持ち良く寝る。普段は絶対にできない1日の使い方をしていました。

二宮: 仕事をしていると、どうしても時間に追われて、時計や携帯電話が手放せない生活になってしまいますよね。
荒川: スケジュールを見ながら次は何をするか、常に確認しながら動かないといけませんからね。でも、もともと人は自然のなかで生きてきた動物です。時間に縛られて行動していると、感性がどんどん鈍ってしまうような気がしていました。だからスケートもできない南の島で、1回、人間としての野生的な部分を取り戻したいなと思ったんです。

二宮: リフレッシュはできましたか?
荒川: すごく人間らしくなって戻ってきたと感じました。昼間はシーサーをつくっていたのですが、没頭して気がつけば5時間くらい経っていましたから。そういう時間を過ごしていると、物事に対して別の角度から見えるようになったり、クリエイティブな部分が研ぎ澄まされたような気がします。年に1回くらいは、こんな機会をつくったほうがいいなと実感しましたね。

二宮: そういった充電期間は、あえて設けないとなかなか確保できませんよね。
荒川: スケジュールの空いているところで、と考えていると難しいですよね。もう最初から「ここは予定を空けて旅に出る」と決めておいたほうがいいと思います。国内、海外問わず、あちこちに出かけますが、仕事を兼ねた旅行ではなかなか気分転換はできませんね。現地でも日本人スタッフがいて、目的地とホテルとの往復だけで終わってしまいがちです。どうしても時間に縛られるので、せっかく観光に出かけても強い印象には残らない……。

二宮: 今回は長期貯蔵したそば焼酎。「那由多(なゆた)の刻(とき)」を用意しました。ソーダ割りがオススメです。
荒川: 焼酎をソーダ割りで飲むのは初めてですね。そば焼酎は他の焼酎と比べてもクセがない。今日はスッキリしたものを飲みたい気分だったのでピッタリです。

 エネルギーを伝えられる存在に

二宮: 金メダルを獲得して6年経ちますが、活動はフィギュアスケートのみならず幅広く、しかも精力的ですね。
荒川: 金メダリストとして無意識のうちに緊張感を持って、日々、生活しているからでしょうか。周囲の視線があるからこそ、シャキッと背筋を伸ばして街を歩きますし、いろんなことにも取り組める。その点はポジティブにとらえるようにしています。

二宮: トリノの時と比較しても、体型は変わっていませんね。
荒川: あの頃と比べると、今のほうがおかげさまで忙しくて不規則な生活を送っています。アマチュア時代だと、練習が終わるとほぼ決まった時間に食べられますが、今はそうはいかない。太る暇がなくて(笑)、かえってアマチュア時代より痩せました。

二宮: アイスショーに向けて、練習時間を確保するのも大変なのでは?
荒川: 基本的には朝、1時間から2時間は必ず練習するように心がけています。練習にオフは敢えて設けません。1日休むと取り返すのに時間がかかる。毎日、少しずつでも続けたほうが効率がいいんです。

二宮: 齢を重ねるなかで、より洗練されている印象を受けます。
荒川: 自分のなかに理想を持って、生き生きと過ごすことが大切だなと感じます。単に外見がスリムとかキレイといったレベルではなく、日々、やりがいを持って頑張っている人は表情がいいですし、素敵に映るのではないでしょうか。そういった内側から出てくるエネルギーを感じる人は憧れますね。

二宮: 最近、刺激を受けた女性はいますか?
荒川: ビヨンセからは、たくさんのエネルギーをもらいましたね。来日公演を観に行ったんですが、彼女がやりがいを持って取り組んでいる歌やダンスを見ていると、そこからほとばしる強いエネルギーを感じました。体型もただ細いというわけではなく、メリハリがあるんです。歌って踊って、自分のパフォーマンスが最大限に発揮できるように体をつくりあげている。本当に素敵な女性だなと思いました。

二宮: 観ている側も、そのエネルギーで元気が出てきますね。
荒川: おそらく、多くの方はこういったエンターテイメントに「楽しさ」や「元気」を求めて会場に足を運ばれるのではないでしょうか。だから、私たちのアイスショーでも、そういった元気なエネルギーを発散する場でありたいなと強く思います。特に昨年は震災があり、被災地の復興には、まだまだたくさんのエネルギーが必要です。私たちにできることは微々たるものかもしれませんが、しっかりと元気な姿を見ていただいて、お客様の元気につなげていく。そして、元気になったひとりひとりが、それぞれの生活で生き生きと暮らせるきっかけをつくる。これが私たちの使命だと考えています。だから、今後もエネルギーを出し惜しみせず、いろいろなところで活動を継続的にしていきたいと思っています。

 結果よりもプロセスが大事

二宮: そういった使命感が荒川さんの心と身体をより磨き上げているのかもしれませんね。
荒川: 幸い人前に立つ仕事なので、その点ではずっと、いい緊張感を保てているのでしょうね。スケーターとして鍛錬しなくてはいけないのは昔も今も変わらない。むしろプロのほうが厳しいと言えるかもしれません。プロの場合、演技を評価するのはジャッジではなく、お客様です。最近はフィギュア人気が高まり、お客様の目は昔より厳しくなっています。これが私にとっては、いいモチベーションにつながっていますね。ただ、30代を迎えて、20代同様に突っ走るのではなく、少し肩の力を抜いて過ごせればいいなと感じています。

二宮: 金メダルを獲ったことだけでも素晴らしいのですが、荒川さんはその地位に安住していない。
荒川: 金メダルを獲ったのは24歳の私で、今の私ではありません。30歳の私は24歳よりも成長したいですし、40歳の私は30歳よりも成長していたい。この気持ちは今後もずっと変わらないでしょう。

二宮: ファンは、きっと演技のみならず、その生き方にも共感しているのではないでしょうか。
荒川: そうだと、うれしいですね。本音を言えば、ずっと走り続けていると、いつ止まる時間を設けたらいいのか分からなくなることもあります。同い年の友人は家庭を持ったり、また別の時間を過ごしているのに、私だけは24歳から全く変わっていない(苦笑)。でも、それらも含めて今の状況を楽しんでいる自分がいますね。

二宮: 30代になってお酒の飲み方に変化はありますか?
荒川: 年齢よりも、アマチュアからプロに転向して大きく変わりましたね。アマチュア時代は練習後、夜の食事とお酒が楽しみでした。今は生活が不規則なので、なかなかお酒をゆっくり味わう時間が持てない。だから、こうやってお話をしながらお酒をいただける機会はとってもうれしいんです(笑)。

二宮: いよいよロンドン五輪も目前に迫ってきました。前回、スピードスケートで金メダルを獲った清水宏保さんにも伺いましたが、大舞台で結果を残すアスリートは、本番までに周到な準備をしている。この「準備力」が勝者と敗者を分ける分岐点になるのでは、と感じています。荒川さんは五輪へどんな準備をしてきたのでしょう?
荒川: 私の場合は1日1日の積み重ねを大切にしてきました。その日に自分がやるべきミッションは必ずクリアする。本番よりもそのプロセスが大切ではないかなと感じます。1日1日エネルギーを温存することなく、たとえアクシデントがあって五輪が出られなくなっても悔いがない過ごし方をする。そこまで準備をやり切ることが、きっと本番での自信につながり、よいパフォーマンスを発揮する源になるのだと思います。

 いい意味での開き直りを

二宮: まずは「今を大切にする」ということですね。加えて、荒川さんは五輪に向けて、いくつかの大きな決断をしています。以前もお伺いしましたが、担当コーチを直前に変更し、フリーの曲目を「トゥーランドット」に変えました。さらには得点に直結しないイナバウアーを演技の中で採用しています。本番でベストを尽くすために最善の方法は何か。これを最優先に準備を進めてきたことが最高の結果につながったのではないでしょうか。
荒川: イナバウアーに関して言えば、それを採用したことで後の演技に影響するのであれば本末転倒になります。すべてを結果につなげるための準備をした上で、最後に“ゆとり”として取り入れたものです。ルールに従って最高の構成をしたら、最後の3連続ジャンプの前に5秒だけ余裕ができた。「ここでイナバウアーをやろう。そのために5秒作ったんだから」と当時のコーチが背中を押してくれました。

二宮: 準備を徹底した上で、最後の最後に遊び心を加える。ここが大事ですね。
荒川: フィギュアスケートは相手と競い合う競技であると同時に、芸術的な要素を兼ね備えています。ならば、たとえ点数につながらないものでも個性を表現する部分が1カ所くらいあってもいいのではないか。私が目指していたものは単に高得点をマークすることではなく、自分の良さを最大限に発揮すること――コーチの提案で原点に立ち返ることができましたね。

二宮: 取材をしていると、逆にこの遊びやゆとりの部分を優先してしまっている選手も少なくありません。本当に大事な準備ができていないのに、不必要なディテールを気にしたり、ヘンに開き直ったりしてしまう……。
荒川: そのほうがプレッシャーを軽減できるからでしょうね。本番に向けて競技に集中し、自分と向き合うのは苦しい作業です。もちろん本番では誰もが完璧なパフォーマンスを見せたい。ただ、その意識が強すぎると、「1回もミスは許されない」と精神的に追い詰めてしまう。私もトリノでは「完璧に滑りたい」という気持ちでは臨んでいませんでしたから。

二宮: 同じ開き直りでも、2パターンがあるのでしょうね。単にプレッシャーから逃れるだけの悪い意味での開き直りと、プレッシャーから自らを解放するためのいい意味での開き直り。前者と後者は似ているようで全く違うものなのでしょう。
荒川: 完璧な準備をして臨めば、いい意味での開き直りができるのだと思います。準備ができていると、「1、2個くらい失敗しても大丈夫。自分は戦える」という自信が芽生えます。「8割の出来なら問題ない」と気持ちにもゆとりができますね。すると表情にも余裕が生まれ、結果的にいいパフォーマンスにつながるのではないでしょうか。

二宮: トリノの時は、まさにいい意味での開き直りができたと?
荒川: はい。中盤で3回転ジャンプが2回転になってミスをしましたが、“まぁ、いいや”と開き直っていました。これが“しまった”と感じていたら、また次のジャンプも失敗していたと思います。焦ると、どうしてもジャンプのタイミングは狂いますからね。それまでの私は失敗すると、“どこかでミスを挽回しなきゃ”という気持ちが強くなりすぎてミスがミスを呼び、崩れていったことがありました。でも、終わったものは、もう変えられない。そうであれば次に向かって集中したほうがいいという気持ちで滑っていました。

二宮: このメンタルコントロールは本当に難しいですね。特にトップレベルの戦いになればなるほど、ちょっとしたことが勝敗を分ける要因になります。
荒川: トリノの時はうまくできましたが、今でも、まだコントロールできているとは思っていません。アイスショーでも滑っていて失敗すると、“どこかで取り返したい”という気持ちが沸いてくるんです。それ自体、悪いことではありませんが、あまりに“取り返そう”という思いが強くなると、目の前の演技に対する集中がおろそかになります。お客様が見ているのですから、本当は一瞬一瞬の演技に全力を尽くさなくてはいけない。毎回、反省はしていますが、なかなか気持ちを整えるのは難しいですね。

二宮: 気づけば、もうグラスが空いていますね(笑)。
荒川: 最近は飲む機会が減ったので、だいぶ弱くなりましたよ。飲み方も保守的になって、「今日はこのくらいで」とブレーキをかけてしまいます(笑)。

二宮: 「那由多(なゆた)の刻(とき)」のソーダ割りはいかがですか?
荒川: 香りもさわやかでおいしいです。普段は焼酎そのものの味を楽しみたいので、ロックでいただくことが多いんですが、ソーダ割りにすると新たな発見があります。焼酎の楽しみ方が広がったような気がしますね。

二宮: では、もう1杯、ソーダ割りを。
荒川: 口当たりがいいから、ずっと飲んでいても飽きがきませんね。何杯でも飲んでしまいそうです(笑)。

(後編へつづく)
※現在発売中の『Hanako』7月26日号(マガジンハウス)では、この対談の特別編が掲載されています。こちらも合わせてお楽しみください。

<荒川静香(あらかわ・しずか)プロフィール>
1981年12月29日、神奈川県出身。プリンスホテル所属。5歳でスケートを始め、小学3年で3回転ジャンプをマスター。天才少女と呼ばれる。94年〜96年には全日本ジュニアフィギュア選手権3連覇を達成。97年にシニアへ移行後、日本選手権で初優勝。98年、長野五輪出場を果たす。2004年、ドルトムントの世界選手権では技術点で満点の6.0をマークし、ワールドチャンピオンに。06年のトリノ五輪ではショートプログラムとフリースケーティングで自己ベストを更新して金メダルを獲得。日本フィギュア界で初めて世界選手権、五輪両方での金メダリストとなる。同年、プロ宣言を行い、現在は国内外のアイスショーを中心に、テレビ出演などさまざまな分野で精力に活動中。8月24日〜26日には自身がプロデュースするフレンズオンアイス(>>公式サイト)が開催される。
>>オフィシャルサイト




★今回の対談で楽しんだお酒★[/color]

長期に渡り、樫樽の中で貯蔵熟成した長期貯蔵の本格そば焼酎「那由多(なゆた)の刻(とき)」。豊かな香りとまろやかなコクの深い味わいが特徴。国際的な品評会「モンドセレクション」2012年最高金賞(GRAND GOLD AWARD)受賞。

提供/雲海酒造株式会社

<対談協力>
AOYAMA CAFE
東京都港区北青山3−6−23 B1階
TEL:03-3498-9777
営業時間:
昼 11:30〜15:00(L.O.14:30)
夜 18:00〜24:00

☆プレゼント☆
 荒川静香さんの直筆サイン色紙を長期貯蔵本格そば焼酎「那由多(なゆた)の刻(とき)」(720ml、アルコール度数25度)とともに読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はより、本文の最初に「荒川静香さんのサイン色紙希望」と明記の上、下記クイズの答え、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)、このコーナーへの感想や取り上げて欲しいゲストなどがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選は発表をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。なお、ご応募は20歳以上の方に限らせていただきます。
◎クイズ◎
 今回、荒川静香さんと楽しんだお酒の名前は?

 お酒は20歳になってから。
 お酒は楽しく適量を。
 飲酒運転は絶対にやめましょう。
 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

(構成:石田洋之)
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