17日間に渡って熱戦が繰り広げられたロンドンオリンピックの幕が閉じ、約2週間後の29日にはパラリンピックの幕が上がる。そのパラリンピックにはオリンピックにはないオリジナルの競技がいくつかある。その中のひとつが「ゴールボール」だ。日本は女子がアテネ、北京に続いて出場する。今回はこの競技に触れてみたい。
「ゴールボール」とは視覚障害者のために考案されたリハビリプログラムから競技に発展したものだ。1チーム3名のプレーヤー(レフト、センター、ライト)がアイシェード(目隠し)をし、鈴入りのボールを転がして相手ゴールに入れ、その得点を競う。コートの大きさは縦18メートル、横9メートルとバレーボールのコートとほぼ同じ大きさで、ゴールの大きさは幅9メートル、高さ1.3メートル。自陣のゴール前に3名の選手が横に並び、場所を入れ替えたりしながら相手ゴール目がけてボールを転がし、逆に相手から投球されたボールをゴールに入れないように体を横たわらせ、自らの体を壁にしてゴールを守る。

 見た目には単純な競技と思われがちだが、知れば知るほど、見れば見るほど、その奥深さがわかる。特にディフェンスでは、鈴の音だけで向かってくるボールについて判断しなければならないことの難しさがある。方向性はもちろん、ボールのスピードやバウンドの高さなどを全て頭の中でイメージしなければならない。また、そのイメージがチームメイト同士で共有できなければ、息の合ったディフェンスをすることはできないのである。

 一方、オフェンスはというと、自分が投げる位置とゴールの幅を計算しながら、投球の方向性を決める。加えてゴールを決めるためには、さまざまな工夫を凝らしていることが、見ているとわかる。例えば、ボールの中の鈴が鳴らないように持ち方や投球動作を工夫したり、ボールの出所がわからないように3人の位置を替えたり、逆にボールを持っていない選手が動く気配を見せながら、相手をかく乱するのだ。加えてボールのスピードや投球の角度、バウンドの強さを変えることで、何種類もの攻撃パターンが生み出される。

 また、見た目以上に求められるのが筋力である。その要因はボールだ。大きさはバスケットボールとほぼ同じ大きさで、重さは1.25キロ。一般男子が使用するバスケットボールが約650グラムだから、その約2倍もの重さだ。そのボールをオフェンスは速く転がしたり、高くバウンドさせるためにコートに叩きつけたりして投球するのだから、腕や下半身の筋力が必要だ。一方、ディフェンスはスピードをつけて投げ込まれたボールを身体で受け止めなければならない。会場に響く「ドスッ」という鈍い音が、その衝撃の重さを物語っている。まるでボクシングのボディブローのような衝撃に耐え得るだけの筋力が必要なのだ。

 “遊び心”の重要性

 さて、2010年12月、中国・広州で開催されたアジアパラ競技大会で銀メダルを獲得し、アテネ、北京に続いて3大会連続でのパラリンピック出場を決めたのが、ゴールボール日本女子代表だ。初出場のアテネでは銅メダルを獲得した日本だが、北京では7位と2大会連続でのメダル獲得とはならなかった。今回のロンドンでは再び表彰台への返り咲きを狙っている。

 代表選手は6名。なかでも主力としてチームを支えているのが、浦田理恵、小宮正江、安達阿記子の3名だ。センターの浦田がディフェンスの要としてゲームをコントロールし、移動攻撃が得意で、威力のあるボールを右投げ左投げと両手を使いわけ投げる小宮、そして同じく移動攻撃を武器とし、角度のあるボールや縦(バウンド)や横(カーブ)の変化を投げる安達が相手ゴールを狙う。それぞれの強みをいかした最強の布陣である。そこに次世代を担う有力な若手3名、欠端瑛子、若杉遥、中嶋茜が加わり、バランスのとれたメンバー構成となっている。

 日本代表の指揮官を務める江黒直樹ヘッドコーチは、チームの現状をこう語る。
「これまではアテネ、北京と経験を積んでいるベテランの小宮に頼りきりのところがありましたが、オフェンスにおいては安達が台頭してきたことによって、チーム力がグンと上がりました。そして、浦田は司令塔としての役割をきっちりと果たし、両サイドの選手に声をかけながら、うまくコントロールしてくれています。あとは若手がロンドンの本番までにどれくらい成長するかがカギを握っています。選手が厚みを増せば、采配の幅が広がりますからね」


 国内での強化合宿を経て臨んだ5月のマルモレディスカップ(スウェーデン)では、日本は6位だった。メダル獲得を目指す日本にとっては、決して納得のいく成績ではなかったはずだ。だが、確かなる手応えもつかんでいた。江黒ヘッドコーチは予選2試合目の米国戦の戦いぶりを高く評価している。結果は0対0であったが、世界最強相手に日本は無失点に抑えきったのだ。

「オフェンスは単調で、1点も奪うことができませんでしたが、ディフェンスにおいてはそれまでの合宿の成果が出ましたね。米国のボールはスピードがあって、ディフェンスに当たった時に、弾いてディフェンスの壁を越えてしまうんです。でも、その試合では24分間、3人の動きに集中力が感じられました。弾かれた選手の後ろに他の選手が回り込み、きちんとカバーリングできていたんです。」

 一方、課題として浮き彫りとなったのがオフェンスだ。試合が進むにつれて、どうしても攻撃が単調になってしまうのだ。そこで帰国後の合宿では、自分たちで攻撃パターンを増やす工夫を凝らす練習が繰り返し行なわれた。投球するまでの間合いを取ったり、スローボールの中に速攻を織り交ぜたり……。さらには味方同士でのパスをする際にも、わざと高くボールを上げて一瞬音を消したり……。これまでも行なってきた攻撃パターンを生かしながら、コーチと選手たちの試行錯誤が続いた。

 オフェンスパターンを複雑化するのに、最も重要なことは“遊び心”だと江黒ヘッドコーチは言う。
「結局は、あれをしてみようかな、これをしてみようかな、と好奇心旺盛にしてやってみることなんです。ところが、日本の選手は皆、根が真面目。もちろん、それはとてもいいことなんですよ。ただ、もう少し柔軟な考え方ができるようにならないと、真面目一辺倒では世界に勝つことはできません。遊び心、つまり創意工夫ができるともっと幅が広がるはずです」

 日本チームのロンドンでの初戦は、8月31日。同日からスタートするグループ予選で豪州、米国、スウェーデン、カナダと対戦することが決定している。豪州を除けば、いずれも世界ランキングは日本を上回る格上の相手だ。しかし、一瞬の油断さえも許されないこの競技において、勝敗の行方はランキング通りにいくほどそう単純ではない。2大会ぶりのメダル獲得、さらには初の頂点を目指し、チームの底上げに余念がない。

(文・写真/斎藤寿子)
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