いよいよ4年に一度の祭典、ロンドンパラリンピック開幕が2日後に迫っている。29日、ロンドン・オリンピックスタジアムで行なわれる開会式で幕を開け、9月9日までの12日間に渡って熱戦が繰り広げられる。今回は、複数のメダル獲得が期待される陸上競技について、現地にコーチとして帯同する日本身体障害者陸上競技連盟常任理事・競技運営委員会委員長の三井利仁氏に注目の日本人選手について訊いた。
(写真:国内でも世界トップレベルの戦いが繰り広げられる車いす競技)
 日本人が表彰台を独占!?

「ロンドンには世界に通用する選手を派遣します」
 そう言って、三井氏は日本人選手の活躍に大きな自信を見せた。
「車椅子ランナーも義足選手も、全員、メダル圏内の選手ばかり。本番でパーソナルベストを出すことができれば、十分にメダルが届くところにいる。だからこそ、最も重要なのはコンディショニングです。いかに本番でいい状態で臨むことができるか。これにかかっています」

 なかでも世界トップランナーがズラリと顔をそろえる車いす競技においては、過去最多となるメダル獲得が期待される。国内でも注目が集まっているのが最終日に行なわれる車いすマラソンだ。日本選手団からは男子6名、女子1名が出場する。今回の五輪でも話題のひとつとして取り上げられたのが、過去の大会には例のないタフなコースだ。特にカーブの多さ、道幅の狭さには驚きの連続である。五輪とほぼ同じコースを辿る車いすマラソンでは、マラソン以上に高速レースとはならず、スピード以上にテクニックが必要となることは必至だ。果たして、勝負のポイントはどこなのか。

「今回のコースは周回ということもあり、勝負どころは少ないと思います。まずはスタートで抜け出した選手がそのままキープしていくことが考えられます。その中で、ポイントとなりそうなのが唯一の直線道路である海岸線。マル通りからスタートして市街地を抜けると、ゆるやかな上り坂の海岸道路に出るんです。そこが直線になっているんですね。あとはコーナーや鋭角な縁石などがあって、車いすではなかなか順位の変動は起こりにくい。ですから、車いすマラソンならではの駆け引きが見られるのは、その海岸線かなと。スタートでのポジション取り、そして海岸線でのアタックの末に、いかにいい位置で市街地に戻っていけるか。それを繰り返した先にメダルが見えてくると思います」

 男子の優勝候補の一人は、昨年10月の大分国際車いすマラソンで総合2位、国内1位でゴールし、いち早く内定を獲得した樋口政幸だ。この春先、少し伸び悩みが見えたものの、本番に向けて徐々に調子を上げてきている。そのほか、大分で国内2位の洞ノ上浩太、同3位の副島正純とベテランも顔を揃えているだけに、三井氏は「最低でもメダル1個。3人とも駆け引きがうまく、自分でレースをつくっていくタイプのランナーですから、スタートでいいポジションさえ取れれば、有利になる。うまくいけば、最後は日本人同士の争いになって、1、2、3フィニッシュが見られるかもしれない」と表彰台独占の可能性をあげた。

 “ダッシュ力”に磨きをかけて挑む土田

(写真:北京での雪辱に燃える土田和歌子)
 一方、女子で初のメダルに挑むのが今大会日本選手団の主将を務める土田和歌子だ。前回の北京パラリンピックでは5000メートルのレースで転倒してケガを負い、マラソンはスタートラインに立つことさえもできなかった。それだけに今大会に賭ける思いは強い。元世界記録保持者で、数々のレースを制してきた土田には金メダルへの期待を寄せる声も少なくない。果たして、女子のレース展開は――。

「男子以上に難しいレースになるかもしれませんね。最近、女子ではスピードのある選手がたくさん出てきているんです。男子同様、海岸線での駆け引きがポイントとなると思いますが、市街地を抜け出して直線に入った瞬間に、スピードのある選手がパッと抜け出してくる可能性がある。つまり、いかに瞬時に加速していけるかが重要になるでしょう」

 土田選手は周囲の選手を見ながらの駆け引きを得意とし、ロングスパートをかけて後続を引き離しにかかるタイプだ。だが、今回のレースでそうした展開は難しい。となれば、一瞬の隙をついて一気に加速していく必要がある。本人もそのことをよく理解しているのだろう。春以降、“ダッシュ力”を課題に練習をしていることをしばしば口にしてきた。6月のジャパラでは「徐々にトレーニングの成果が出てきている」と、ある程度の手応えをつかんでいただけに、本番までにどこまで上積みできているかがカギを握りそうだ。

「女子の場合は、おそらく10人前後の中でメダル争いが行なわれると思います。正直、その10人前後の中で誰が優勝してもおかしくないくらい力が拮抗していますし、全員が手の内を知り尽くしている。それだけに、男子以上に見応えのあるレースが楽しめるかもしれませんね」

「ツール・ド・フランス」の迫力が味わえる!

 今や世界トップランナーが続々と台頭するようになったが、その先駆者といえば、廣道純選手だ。大分国際車いすマラソンでは96年に日本人初の総合2位を果たした廣道選手は、04年には独立し、プロの車いすランナーの先駆けとなった。得意種目は800メートルで、シドニーパラリンピックでは銀メダル、アテネでは銅メダルに輝いた。ロンドンで狙うのは、もちろん金メダルだ。
(写真:世界5位の実力をもつ廣道純。金メダルは決して夢ではない)

「廣道選手は世界中のランナーを熟知していますから、いかに前のポジションを取れるかにかかってくると思います。最大のポイントは最終2周目のラスト80メートル直線でのスピード勝負です。彼のスピードは世界のランナーたちに全くひけをとりませんから、その勝負ができるかどうか、それまでのポジショニングがカギを握っています。加速しながら外に少しふくらむようにして、最後のコーナーからストレートに入っていくことができれば、あとはそのままスピードに乗っていくだけ。内側に入ってしまうと、逆に重力がかかってきてコーナリングが難しくなるんです。しかも他の選手が邪魔になって力を出し切れない可能性がありますから、気をつけなければいけません」

 そのほか、1500メートル日本記録保持者の花岡伸和も好調だ。6月のジャパラでは代表候補選手が顔をそろえたハイレベルなレース展開の中、得意の1500メートルのみならず800メートルでも優勝している。北京に出場できなかった悔しさをバネに進化した走りで、初の表彰台を狙う。

「車いす競技の魅力は何と言っても、スピードに乗ったときのダイナミックな走り。イメージとしては自転車競技に似ていますね。トラック競技であれば、競輪のようですし、ロードのマラソンは、まるで『ツール・ド・フランス』を見ているかのような感じです。グラウンドレベルのカメラに映し出されるスピードの速さと、そして聞こえてくるタイヤを叩く音は迫力満点。“障害者スポーツ”のイメージを覆すはずですから、ぜひ見てほしいと思います」

 車いすランナー専用ウエアの開発

 今大会、車いす競技専用ウエアの開発・製作を担当したのが、スポーツを医科学の見地からサポートするクレーマージャパン(埼玉県熊谷市)だ。同社はもともと自転車競技用のウエアを開発・製作をしており、今回はその技術を応用したかたちだ。
「風への抵抗を小さくするという基本的な部分が自転車競技と同じですし、前傾姿勢という部分も変わりません。ですから、素材的にも形状的にも非常に似ていましたので、十分に可能だと判断しました」と生産企画開発部副部長・竹内嗣郎氏は語る。

 今回、専用ウエア製作を企画した大家秀章氏は、10年のジャパンパラ陸上競技大会を皮切りに何度も会場に足を運び、選手や関係者の意見を聞いては、改良に努めてきた。選手から特に要望が多かったのは腕まわりの形状だという。最も激しく動かすため、選手にとっては気になる部分なのだ。とはいえ、要望はさまざまである。ピッタリとフィットさせたいという選手もいれば、少し余裕をもたせたいという選手もいる。障害の度合いも違えば、体の大きさ、足の太さ、力の入れ具合など、まさに十人十色という中で、各選手の要望に応えるのは、容易なことではない。だが、クレマージャパンは一人ひとり丁寧に対応している。たとえ1センチ単位の裾直しでも、断りはしない。

 今大会では選手の要望に応え、ワンピース型とセパレート型それぞれに半袖、長袖、ノースリーブと3種類を用意し、選手の好みでセレクトできるようにした。さらに足首のファスナーの有無、セパレート型の首部分についているファスナーの長さも各選手の要望に応えた。
「お客様と直接会話をする、というのが昔からの風土」と竹内氏が語れば、大家氏は「細かいところまで各選手の要望に応えられるのが、大手メーカーにはできない自分たちならではの強さ」と語る。

 同社の代表取締役・外園隆社長はもともとスポーツに通念しており、過去には100メートル日本記録保持者の伊東浩司のサポート役を務めていたこともある。その外園社長が障害者スポーツと出合ったのは01年。講演先で知り合った陸上選手との出会いが障害者スポーツへのイメージをガラリと変えたという。関わってみて感じたのは「五輪もパラリンピックも競技への思い、血のにじむような努力は全く変わらない」ということだった。だからこそ、「会社が存続する限り、障害者スポーツへのサポートは精一杯していきたい」という。

 もちろん、同社への選手・関係者からの信頼は厚い。花岡選手はこう語っている。
「大家さんがこれまで何度も会場に足を運んでくれて、僕たちの要望をきいてくれました。それがいかされたウエアに仕上がっていて、僕としては非常に満足しています。どんなに細かいことでも柔軟に対応していただいたのは、選手にとってはありがたかったですね」
 こうした周囲からのサポートも選手のパフォーマンスを支えている。

 出場全種目でメダルを狙う山本

(写真:6年ぶりの2メートルジャンプでメダル獲得を狙う鈴木)
 一方、義足をつけて競技を行う立位クラスでは、鈴木徹、山本篤、高桑早生、中西麻耶らの活躍が期待されている。義足アスリートの先駆者である鈴木選手は、シドニー、アテネ、北京に続いて4大会目となる。06年には世界で2人目となる2メートルをクリアした実力者だ。だが、07年に左ヒザを痛めて以降は本来のジャンプができず、苦しい日々を過ごしてきた。その左ヒザの痛みも昨年、先進治療である「多血小板血漿療法」を行なったことで解消された。昨年12月に実戦復帰し、その後、徐々に調子を上げてきている。6月のジャパラではそれまでなかなかクリアできなかった90メートルの壁を乗り越え、1メートル93をマーク。8月5日の山梨グランプリでは自己ベストに迫る1メートル98のバーをクリアした。

「メダル争いは2メートル台になってくるはずです。鈴木の自己ベストが2メートルですから、本番でその記録を更新できるかどうかにかかってくるでしょう。ロンドンの風が鈴木に味方してくれれば、メダルの可能性は十分にありますよ」

 そして出場全種目でメダル獲得を目指しているのが山本選手だ。100メートル、200メートル、走り幅跳びに出場する。前回の北京では走り幅跳びで銀メダルを獲得したが、メインとしていた100メートルではスタートで出遅れてしまい、5位に終わった。今回はその雪辱に燃えている。

「彼はまさに、研究者ですね。自分自身で義足を調整することができますし、フォームも単にビデオを観るだけでなく、三次元の動作解析をしながら専門的にデータ分析の下で行なっているんです。感覚だけでなく、数字で明確に表せるというのは大きいでしょうね。彼の走りを見ていると、大きなストライドで、義足で走っているようには見えないくらいスーッと進んでいるんです。それだけ、本来なら不安定であるはずの義足側でも、しっかりと踏み込むことができているという証拠。体幹はもちろん、地道に股関節周りの筋肉を強化してきた賜物です。男子の立位で最もメダルに近いのは彼だと思いますよ」

 日本人初出場の立位リレーにも注目!

 女子で最も今、成長著しいのが慶応大学2年、20歳の新鋭、高桑選手だ。彼女は昨年5月の大分陸上、100メートルで自身初の13秒台をマークすると、今年6月のジャパラでは日本記録保持者の中西選手を100メートル、200メートルで破り、見事ロンドンへの切符をつかんだ。
(写真:立位の日本女子を牽引する中西<左>と高桑)

「昨年から今年にかけての彼女の伸びはすごいですね。その要因のひとつは、スタートをして最初の義足での1歩目がしっかりと踏み込めるようになったこと。普通は義足側であんなに思い切り出せないんですよ。股関節を落としながら、前に進むというのは大変な脚力が必要になるんです。脚力がない選手は、どうしても前に出せずに、手前についてしまう。そうすると、体が倒れこんでしまって、足が前に行かなくなるんです。でも、彼女はそこをしっかりと鍛えてきたんでしょうね。おかげで思い切り踏み出しても、しっかりと義足に体重を乗せることができる。ですから、1歩目の義足を軸にして次の健足側での2歩目をさらに大きく踏み出すことができているんです。彼女は若いですし、まだまだ伸びると思いますよ」

 そして北京パラリンピックでは100メートルで6位、200メートルで4位入賞するなど、これまで立位の日本女子を牽引してきたのが中西だ。今、彼女がメインにしているのは北京以降、始めた走り幅跳び。現在は米国を拠点とし、ロサンゼルス五輪三段跳び金メダリストのアル・ジョイナー氏に師事している。彼女が目指すのは金メダルだけではない。世界記録の更新だ。

「彼女がいいジャンプを見せる時というのは、助走して踏み切った時に、体が上に向かって反っているんです。重心が後ろに残って、しっかりとしたジャンプになる。でも、これが距離を出したいという気持ちが強過ぎて、前方に跳んでしまうと、体の重心が前に倒れてしまって、逆にストンと体が落ちてしまうんです。これは助走の時から違いが出ていますね。彼女は超一流のコーチがついていますし、練習では5メートル以上跳んでいるわけですから、実力を本番で出せるかどうかだけです」

 そして、最後に注目どころのひとつとしてあげたのがリレーだ。「一番、ワクワクしている」と三井氏。果たして、そのワケとは――。
「アテネでは車いすのリレーでは銅メダルを獲っているんです。でも、立位では日本チームが出場するのは今回が初めてですから、新たな歴史の1ページとなります。ベテランの鈴木と山本、今回悲願の初出場を果たした春田純、そして成長著しい大学生の佐藤圭太。この4人の結束力は海外には絶対に負けません。それぞれが個人種目でファイナリストになる活躍をすれば、リレーも面白くなると思いますよ。ぜひ、表彰台に上がってほしいですね」

 今大会、三井氏が掲げた目標は2ケタ台のメダル獲得。決して簡単にクリアできる数字ではないが、十分に可能性はある。
「T52クラスの伊藤智也、上与那原寛和、高田稔浩(いずれも100メートル、200メートル、400メートル、800メートル)、さらには田中照代(100メートル、200メートル)は世界の3本の指に入るトップ選手たちですから、全種目でメダルの可能性があります。このクラスで取りこぼしがなければ、2ケタは絶対にいけると思っています!」

 陸上競技は30日からスタートし、最終日のマラソンまで毎日行なわれる。それだけに、連日のようにメダルラッシュとなれば、日本のパラリンピックへの関心度も一層高まるに違いない。パラリンピック発祥の地と言われるロンドンで、数多くの日本人アスリートたちの輝きが見られることを期待したい。

(文・写真/斎藤寿子)
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