カナダ出身の名レスラーと言えば、真っ先に思い浮かぶのが“荒法師”の異名をとった第45代NWA世界ヘビー級王者ジン・キニスキーだ。2メートル9センチのジャイアント馬場を軽々とバックドロップで投げつけるほどパワフルなレスラーだった。
 キラー・コワルスキーはトップロープからのニードロップの名手だった。極限まで脂肪を削ぎ落としたサイボーグのような肉体は、若き日のアントニオ猪木が憧れたと言われている。一説によるとコワルスキー、対戦レスラーの耳をニードロップでそいでしまった(シューズのヒモが耳に引っかかっての事故)ことが原因で菜食主義者に転じたという。青白い顔が冷酷さを漂わせていた。

「確かにキニスキーもコワルスキーもいいレスラーだった。しかしオレが見た中で外国人ナンバーワンはジョージ・ゴーディエンコだな」「カナダ出身レスラーの中で、ですか?」「いや、違うよ。力さんの時代からプロレスを見てきて、その中でナンバーワンだよ」
 新宿の安酒場。空が白み始めるまでプロレス談義は続いた。大先輩は力道山のことを「力さん」と呼び、ジャイアント馬場のことを「馬場ちゃん」と呼んだ。業界のご意見番だったにもかかわらず偉ぶったところが少しもなかった。

 この原稿を書くにあたってゴーディエンコについて調べてみると、彼は1968年9月に初来日を果たしている。ニックネームは“岩石男”。プロレスラーになるまではカナダの山奥で木こりをしていた。得意技は相手の身体をリフトアップし、そのまま後方に体をひねりながら投げ落とすブロックバスタードロップ。この技で対戦した日本人レスラーを失神させてもいる。正統派のレスラーでありながら、カール・ゴッチやビル・ロビンソンほどの評価は受けていない。

 それについて大先輩はこう評している。
<ロビンソンも、ジン・キンスキーも“あいつは強い”といったゴーディエンコだが、やはり勝負に恬淡としすぎたのがマット界から静かに消えていった原因かもしれない>(THE WRESTLER BEST100・日本スポーツ出版社)

 毒舌ながら人情家。無頼派ながら律義。尊敬すべき先達が、またひとりひっそりと世を去った。プロレス評論家・菊池孝さん。享年79。昭和がますます遠ざかる。合掌。

<この原稿は12年9月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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