現在、パラリンピックが開催されているオリンピック・パークなどでは、あちこちに「これでもか」というほど、ボランティアの人々が配置されている。おかげで何かわからないことがあれば、すぐにつかまえて聞くことができ、非常にありがたい。こちらの下手な英語にも、全くイライラすることなく、丁寧に応対してくれる。そのため、渡航前の最大の不安要素であった“言葉の壁”もほとんど感じることなく……いや、感じながらも、不便を感じずに取材をすることができている。
 感謝の意味もこめて、最近ではボランティアの期待に応えるようにしている。例えば、会場までの道がもうすでにわかっているときでも、ボランティア(特にご老人)が「私に聞いてきなさい」とでも言うかのように、目をキラキラさせて私を見ているときは、急いでいる時以外、道を聞くようにしている。そうすると、「待ってました!」とばかりに、丁寧に教えてくれるのだ。「Oh,Thank you so much!」と言うと、とても嬉しそうに「You’re welcome!」と返してくれる。日本ではなかなか英語を使う機会がないのだから、少しでも多く英語を使い、耳に焼き付けたい。

 さて、パラリンピックが開幕してちょうど1週間が経った。個人種目では競泳が5個(金1、銀2、銅2)のメダルを獲得し、まずまずの盛り上がりを見せている一方、苦戦を強いられているのが陸上競技だ。複数のメダルを期待されていたが、フタを開けてみれば、伊藤智也(車いす男子400メートル)の銀メダル1つにとどまっている。いや、メダル争いどころか、有力選手たちの予選敗退が相次いでいるのだ。どの種目においても「世界のレベルが信じられないほど上がっている」という感想を耳にすることが多い。この嫌な流れを払拭してほしいと、現地で取材する日本人記者たちがこぞって注目したのが、廣道純だ。彼はプロとして活動する日本人車いすランナーの先駆者で、メインとする800メートルではシドニーで銀メダル、アテネで銅メダルを獲得している。当然、「決勝進出はかたいだろう」と思われていた。ところが、結果は誰もが予想していないものだった。

 自身初の金メダルをかけて、4日、廣道は800メートル予選1組に出場した。号砲とともに勢いよく飛び出すランナーたちに置き去りにされるかのように、廣道は後ろから2番目という位置でスタートする。しかし、「いつもこんなんですよ」と語った通り、本人の中では想定内。全くあわてることはなかった。「後でチャンスは必ずくる」。廣道は前方の5人の走りを分析しながら、冷静に走っていた。勝負は2周目の最後の直線となったところからのラストスパート。それまでに先頭集団に追いつき、外側からさそうと考えていた。

 予定通り、廣道は徐々に順位を上げ、最後の直線では3番目に位置していた。だが、ポジショニングは最悪だった。周りを囲まれた状態で、外に出てさすことも、その場でスピードアップすることもできなかったのだ。
「外にいないと、抜きに行くチャンスがないことはわかっていたし、普段の練習では残り300メートルでしかけるということをやってきたのに、結局は自分の力のなさで内に残ってしまった。行ったらつぶれるという怖さで力を出し切ることができませんでした」

 廣道がスピードアップできずに内側でもがいていると、外側から2人に抜かれ、結果は5位。自動的に決勝進出となる3着以内に入れなかった。タイムも、シーズンベストから約4秒も遅かった。8人で争う決勝の残り2枠に食い込むための条件は、各組4着以下のなかで、上位2人に入ること。だが、次のレースを走るメンバーの方がレベルが高いと考えられていたため、彼がタイムで拾われる可能性は低かった。

 しかし、2組のレースは意外にもスローペースとなった。そのため、4着以下のタイムが伸びず、廣道は8人目として奇跡的に決勝進出を決めることができた。
 安堵の表情を浮かべながらミックスゾーンに現れた廣道は、次のようにレースの感想を語った。
「確実に世界のレベルは上がっている。反対に日本は進歩していないことが浮き彫りになった。自分の中では北京よりも上げてきたつもりが予選ぎりぎりで通るという情けない結果になったが、逆に面白くなってきたなという感じですね。今思うと、メダルが獲れたシドニー、アテネは世界のレベルが違っていたんだなと。ここからもう一度、メダルが獲れるようにしっかりと仕上げていかないとアスリートではないなと思いました」

 決勝は5日(現地時間)。予選のビデオを見て分析し直し、どんなシチュエーションでも対応できるように、何十通りものパターンをシミュレーションしていくという。
「今日、予選を走ってみてはっきりしたのはスタートが勝負になるということ。これまではマラソンから転向してくる選手が多かったために、スタートはゆっくりいって、途中で抜いて、最後は誰もさされないというような勝ち方だった。でも、今は高速レースなので、スピードが落ちないまま最後までいってしまう。だから、スタートで前のポジションを取られてしまったら、後ろからさすことができずに終わってしまうんです。いかにスタートでいいポジションを取れるかが勝負になる。決勝ではスタートから全開で食らいついて最後、必死になってまくるしかないですね。もう腕がちぎれるまで、まくるだけです!」

 トラックの神様が与えてくれたチャンスを無駄にはできない。「とにかく自分の力を出し切ったというレースをしたい」と廣道。長年培ってきたアスリート根性に期待したい。

(斎藤寿子)