カウント2−0と追い込まれた3球目だった。4月16日、千葉マリンスタジアムで行われた千葉ロッテ−東北楽天戦。初回1死無走者の場面で打席に入った角中勝也は、楽天先発ドミンゴのチェンジアップを振りぬいた。打球は鋭いライナーとなってライトスタンドへ。全力疾走で1塁を廻った角中は打球の行方を見届けると、少しスピードを緩めてダイヤモンドを一周した。角中にとっても、アイランドリーグ出身選手としても初となるホームラン。記念すべき一発を各メディアは大きく取り上げた。

 試合はロッテが2−1とリードした最終回、最後のバッターのフライが角中のところへ飛んできた。角中はこれをしっかりとグラブに収め、ゲームセット。初ホームランの試合でウイニングボールをつかんだ。ゲーム後に待っていたのは初のお立ち台だった。本人曰く「試合よりも緊張した」が、ホームランボールを「できれば戻してほしい」と呼びかけた。すると、その日のうちにファンがボールを返してくれた。現在、記念の白球は寮の部屋に飾ってある。近々、ヒーローインタビュー時に抱えたマスコット人形とともに実家に送る予定だ。

「ホームランといっても、まだ今年のヒットはあの1本ですから……」
 まだホームランの余韻も覚めやらない数日後、その感想を訊ねると、角中は苦笑いを浮かべながら答えた。その日の夜は、友人・知人からの連絡がひっきりなしだったという。そんな中、角中が四国時代に最もお世話になったという指導者からも電話がかかってきた。

「よかったな。でも、オマエの力ならまだできると思うぞ。もうちょっと頑張れ!」
 声の主は現在、徳島インディゴソックスでコーチを務める森山一人だった。森山は昨年まで高知ファイティングドッグスのコーチをしていた。四国で最初に会った角中はスイングスピードこそ速かったが、一本足打法でブレが大きく、低めに変化球を投げられると簡単にバットが空を切っていた。

 まず森山は打撃フォームを変えるようアドバイスを行った。まず足を上げず、ムダな動きを少なくする。そして下半身のコンパクトな体重移動でスイングを行う。「このままではNPBには行けない。でもフォームをいじれば数字は出ない。バッティングが崩れてもやるか?」。「やります!」。コーチの言葉に角中は即答した。

 それからシーズンを通して、角中はコーチが見守る中、他のチームメイトとともに昼も夜も練習を行った。アイランドリーグでの成績は打率.253、4本塁打、28打点。結果だけみれば、特に目立ったものではない。しかし、その潜在能力の高さと取り組みをスカウトは見逃さなかった。ドラフト7巡目で千葉ロッテへ――。四国での1年間が正しかったことは、そこで証明された。
 
 昨年、イースタンリーグでの打率はリーグ2位の.335。一時は4割を超える高打率で首位打者に躍り出たこともあった。チームの4番のみならず、夏のフレッシュオールスターではイースタンリーグ選抜の4番に指名された。2軍の首脳陣は角中の成長ぶりに目を見張った。

「あんまりバッティングのことはわからないんです。(結果を残せた)理由はわかりません」
 本人はそう謙遜するが、四国時代にタイミングの取り方をつかんだことが好結果につながったことは間違いない。
「説明するのは難しいのですが、トップの位置に入る前の動き出し、始動の部分を意識しています。足を上げてトップの形が決まったところで、相手とタイミングが合っていれば、どんなボールでも対応できます。たとえ崩されているように見えても、自分のなかではしっかり残して打てるんです」

 角中の持ち味はスイングスピードの速さ。少々振り遅れても対応ができる。だからこそ、その前段階、強く振りぬくための準備が大切なのだ。「トップの形とタイミングがつかめれば打てるようになる」。ここでも森山コーチの的確な指導が打撃開眼のきっかけとなった。
 
 それでも、ロッテ入団当初の角中は状態が良くなかった。主な出場機会は代走や代打。バットも力強い打球を打とうと、グリップの太い中日・中村紀洋モデルを使ったが結果は思わしくなかった。アイランドリーグ時代、交流試合を通じ、NPBファームの実力はわかっていた。ある程度は通用するという自信もあった。ヒットが出ない焦りは、ますますバッティングを狂わせた。

 転機となった試合を角中は忘れていない。4月22日、越谷で行われた巨人戦だ。巨人・先発の福田聡志は7回までノーヒットノーランを続けていた。好投を続ける右腕に対して、代打で登場した角中はようやく自分のタイミングでバットを出すことができた。結果はチーム初ヒット。実は、これが福田の記録を阻止した一打だったことを本人は知らなかった。それよりも自分の形で1本が出たことのほうが精神的に大きかったのだ。何かから解放されたかのように、次の打席も角中はヒットを放つ。自らのスタイルで打てるようになったのは、その日からだった。
 
 それから、ちょうど1年。あれよあれよという間にヒットを積み重ねた角中は昨夏に1軍を経験した。初安打と初打点もマークした。今年は主力の故障もあって、早々に1軍に上がり、バレンタイン監督の期待も高い。昨年は自分のことより、周りを見るので精一杯だった1軍生活も、だいぶ余裕が出てきた。
(写真:バレンタイン監督(左)の後ろでバッティング練習を待つ)

 ホームランを打った翌日の試合、角中はスタメンで1番に起用されながら、楽天のエース・岩隈久志の前に4打数ノーヒットに終わった。「すべてがすごい」。あらためて1軍のレベルの高さを実感した。それでも打てなければ、ファーム行きを宣告されることは、誰より本人がよく分かっている。

「次の目標は、とにかく結果を出すことです」
 アーチを描いたからといって、浮かれたところはない。言葉やパフォーマンスで人をひきつけるタイプでもない。それでもファンは角中をよく見ている。ホームランを打って以降、背番号61に対するマリーンズファンの拍手と声援は明らかに大きくなった。プレーでしっかりスタンドを魅了すれば、言葉もパフォーマンスもいらない。まずは今季2本目の“結果”を目指し、角中は黙々と次の出番を待っている。

(このシリーズは不定期で更新します)

角中勝也(かくなか・かつや)プロフィール
 1987年5月25日、石川県出身。右投左打の外野手。日本航空第二高時代から打撃センスが注目を集める。06年より高知ファイティングドッグスに入団。持ち味である長打力を生かして、クリーンアップに定着した。85試合で打率.253、4本塁打、28打点の成績を残し、同年のドラフト7巡目で千葉ロッテに入団。NPB1年目となった07シーズンはファームでイースタンリーグ2位となる打率.335をマーク。7月には1軍に昇格し、西山道隆(福岡ソフトバンク、元愛媛)から初安打を放った。2年目となる今季は1軍定着を目指す。NPBでの通算成績は15試合、28打数5安打、1本塁打、3打点(4月23日現在)。

(石田洋之)

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