今夏、ロンドンパラリンピックで北京に続いて連覇を果たしたのが、車いすテニスの国枝慎吾だ。パラリンピックでの男子シングルスで連覇を成し遂げたのは史上初の快挙である。今や世界が認めるスーパースターとなった国枝。その国枝に素質を買われ、2年前に「一緒に世界を目指してみないか」と声をかけられた選手がいる。三木拓也、23歳だ。現在、世界ランキング17位(24日現在)の三木だが、当時は100位以内にも入っていなかった。その頃は世界の舞台など、夢のまた夢だった。だが、本格的にトレーニングを始めると、メキメキと頭角を現し、恐ろしいほどのスピードで世界に追いついた。そして今夏、初めてのパラリンピックに出場したのだ。だが、シングルスは初戦敗退。試合後は悔しさを押し殺しながら、冷静に自らの試合を分析していた。その姿には4年後のリベンジを予感させるだけのものが、確かに存在していた。
<いよいよ明日、初戦です!! 相手は9シード、イギリスのレイド・ゴードンです。センターコートでの試合なので、かなりワクワクしてます>
 試合前日の三木のブログを見て、少し驚いた。初めてのパラリンピックの初戦、対戦相手は世界ランキング9位で地元出身の選手。加えて試合会場は、最も多く観客を収容できるセンターコート……。これだけの材料が揃えば、緊張するなと言う方が無理な話だろう。ところが、彼のブログには「ワクワクしている」とあったのだ。文面を見る限り、無理をしているようにも思えなかった。「これはひょっとして……」。期待が大きく膨らんだ。

 のみこまれた“完全アウエー”

 9月1日、競泳の予選が終わると、すぐに車いすテニスの会場「Eton Manor」へと向かった。会場に到着し、一目散にセンターコートへ。既に三木の試合は始まっており、1セット目の第6ゲームに入っていた。電光掲示板を見ると、ゲームカウント1−4。三木は劣勢に立たされていた。それはスコアばかりではなかった。スタンドでは数え切れないほどのユニオン・ジャックが揺れ、ゴードンがポイントを奪うたびに、大歓声と拍手が沸き起こる。予想通りの完全アウエー状態だった。

 試合前、丸山弘道コーチと「出だしでしっかりと主導権を握ることが大事」という話をしていたというから、三木自身もそのことは強く意識していたはずだ。実はゴードンと対戦するのは、今年3回目。4月の南アフリカでの大会では準決勝で対戦し、3−6、1−6。そして7月のスイスオープンでは1−6、3−6で負けている。スイスオープンを終えてのブログにはこう書かれてある。
<立ち上がりがとても悪く、1stセットはなかなかペースをつかめませんでした。2ndから徐々にラリーからポイントできるようになりましたが、少し遅かったです。>
 出だしの重要性は、約2カ月前に気づいていた。

 だが、いつの間にか会場の雰囲気にのまれていく自分をコントロールすることができなかったのだろう。スタンドから見る限りでは、なんとか冷静に保とうとする自分と、いつものプレーができない自分との狭間で葛藤しているように感じられた。
「最初からいきたいと思っていたのですが、センターコートということで、少し積極的にいけなかったところがあったかもしれません。それで逆に向こうが落ち着いてしまったんです」
 1セット目、三木は結局1ゲームしか取ることができなかった。

 2セット目、少し雰囲気にも慣れてきたのだろう。三木のプレーに粘りが見え始めた。第1ゲーム、三木は得意のサーブが安定せず、3つのダブルフォルトを記録。それでも3度のデュースを経て、最後は1セット目には出なかったサービスエースで、このゲームをキープした。その後はお互いにキープし続け、ゲームカウントは2−2。

 しかし、試合の流れが傾き始めたのは、第5ゲームだった。2セット目に入って安定していたショットが少しずつ崩れ始め、このゲームでは自らのショットミスでブレイクされてしまったのだ。すると、ここぞとばかりにゴードンが一気に攻めてきた。続く第6ゲームをラブゲームでキープしたゴードンは、第7ゲームは2本のリターンエースを決め、簡単にブレイク。あっという間にゲームカウント5−2とした。

 後がなくなった第8ゲーム、三木はいい意味で開き直ったのだろう。この試合、なかなか振り切るシーンが見られなかったものの、思いきりよく振り切ったショットが決まり、最初のポイントを取った。さらに15−15からは見事なネットプレーも見せた。だが、やはり挽回するには遅すぎた。結局、三木はブレイクすることはできず、2−6で敗れた。

 「二度と味わいたくない」悔しい敗戦

「やっぱり悔しいですけど、センターコートでできたということは、自分にとってとてもいい経験になったので、次にいかせたらいいなと思っています」
 初めてのパラリンピックでの敗戦。結果以上に悔しかったのは、実力を出し切ることができずに終わったことだったのではないか。
「ロンドンに入ってからの練習では、いい内容のテニスができていましたし、精神的にもリラックスしていました。対戦相手がゴードンと決まってからも、ワクワク感の方が強かった。センターコートでできるということで、彼に感謝していたくらいだったんです」

 だが、世界最高峰の舞台はそう甘くはなかった。リラックスしていると思っていた自分の体は明らかに硬さが感じられたという。そのために、いつもはしないミスが目立った。勢い余ってのアウトボールではなく、ネットにかけたり、空中に飛ばしてしまうなど、相手コートに返らないことも少なくなかったのだ。相手が慣れない左利きということを考慮しても、やはり本来の三木のプレーではなかった。

 時間が経つほどに悔しさが増すかのように、試合後のインタビューでは「悔しい」という言葉を何度も何度も繰り返した。そこには明らかに、4年後への思いを募らせている三木がいた。
「もうこんな悔しさは味わいたくありません」
 そう言う彼に、最後に思わずこんな言葉を投げかけた。
―― 4年後は笑いましょう。
「そうですね。今度はメダルという部分で……」
 三木の表情が一層、引き締まったように思えた。

 翌日から真田卓と組んだダブルスに臨んだ三木は、2勝を挙げ、ベスト8入りした。準々決勝も強豪相手に、1セット目を6−1で先取したものの、2、3セット目を奪われ、逆転負けを喫した。しかし、初出場同士で組んだペアのベスト8進出は見事の一語に尽きた。三木自身のプレーもシングルスでの反省を生かしたのだろう、いつも通りの積極的なプレーが光っていた。

 最終日、国枝の連覇とともに車いすテニスのロンドンでの戦いは幕を閉じた。その日、三木はブログにこう書いている。
<自分にとって初めてのパラリンピックで、センターコートで試合をし、国枝さんの決勝戦を観て、リオデジャネイロに向けて最高の経験ができたと思います。(中略)4年後、表彰台の一番上に立っていられるように、もっともっと精進したいと思います!!>

 悔しい思いをしたシングルス初戦、そして王者の貫録を見た決勝戦。今大会センターコートで経験した全てのことが、4年後の糧となる――三木はそう信じている。決勝では、リオの地でその舞台に立っている自分を想像しながら見ていたのかもしれない。

「三木拓也」――国内ではまだ、ほとんど無名の存在である。しかし、だからこそ彼が4年後、どんな姿でパラリンピックの舞台に戻るのか、楽しみでならない。国枝をも魅了させた潜在能力をもつ三木が、どんなプレーヤーへと成長していくのか。今後も彼を追い続けたい。


※「キャッチ! The LONDON」は今回で最終回となりますが、1月から新コーナーがスタートしますので、よろしくお願いします!

(文・斎藤寿子)
◎バックナンバーはこちらから