29日に開催される柔道の全日本選手権(東京・日本武道館)の前日会見が28日、東京・講道館で行なわれ、優勝候補の棟田康幸(警視庁)、石井慧(国士舘大)、井上康生(綜合警備保障)、鈴木桂冶(平成管財)の4選手が揃って大会にかける思いを語った。今大会は北京五輪男子100キロ超級の最終選考会も兼ねられている。その切符を狙う棟田、石井、井上が今大会でどんな結果を残し、強化委員会がどのような判断を下すのかが最大の注目点となっている。
(写真:代表争いで一歩リードする棟田)
 北京五輪100キロ超級の代表争いで一歩リードしているのが、昨年9月の世界選手権無差別級と今年2月のドイツ国際で優勝した棟田だ。会見では最も言葉数が少なく、淡々と
「オリンピックについては意識していない。とにかく明日、自分の柔道をして目の前の選手に全力でぶつかっていくだけ。今はそれしか考えていない」と答えた。
 棟田はこれまで国内外の大会で数多もの優勝経験をもつが、五輪は未だ舞台さえも踏んではいない。2004年のアテネ五輪では前年の世界選手権で優勝しながら、全日本選手権の決勝で永遠のライバル・鈴木に負け、あと一歩のところで五輪出場を逃した苦い経験をもつ。

 さらに4月初旬の全日本選抜体重別選手権では準決勝で井上に敗れるという波乱もあり、決して楽観視できる状況でないことは本人もわかっている。
「この大会で優勝しなければ、五輪はない」――言葉数の少なさは、固い決心の表れなのか。表情一つ変えないその姿からは、戦を前に静かにその時を待つ武士のような印象がうかがい知れた。

(写真:明日は「新しい石井」を見せられるか!?)
 2006年全日本柔道選手権大会、史上最年少で頂点に立った石井は、今年2月のオーストリア国際、3月のカザフスタン国際ではともに100キロ超級で優勝し、実力を示した。しかし、ケガによって体重別選手権(福岡)を欠場という不運に見舞われた。それは北京五輪にかけてきた石井にとっては、あまりにもショックな出来事だった。
「悩んで落ち込んだ時期もあった。ひどい時には学校の屋上のフェンス前で考えたりした」
 一度は奈落の底に突き落とされた石井だったが、どん底から這い上がったおかげで“本当のプラス志向”を得たという。今の彼には、優勝しか見えていない。大会に向けて立ち技、寝技ともにバリエーションを増やしたという石井は「詳しくは言えないが、明日は新しい石井を見てもらいたい」と自信を見せていた。新生・石井の柔道とはどんなものなのか、注目したい。

 昨秋の世界選手権、今年2月のフランス国際ともに5位という成績に終わり、3選手の中で最も北京五輪代表への道が険しいのが井上だ。4月初旬の全日本選抜体重別選手権では、オール一本勝ちで飾ったが、それでもなお厳しいことには変わりはない。
 しかし、井上の気持ちに迷いはない。
「やるべきことはやった。明日、勝つことしか考えていない。福岡で勝てたことは自信になったし、今の自分には勢いがあると信じている。全日本は各地区大会を勝ち抜いた強豪ぞろいの大会。厳しい戦いになると思うが、一戦一戦を大事にしていけたらと思う」
“オール一本勝ち”などの強烈なアピールで、シドニー五輪金メダリストの意地を見せることができるか。
(写真:わずかな可能性にかける井上)
 
(写真:連覇を狙う鈴木)
 順当にいけば、その井上と準決勝で対戦する鈴木は、ただ一人、100キロ級での北京五輪の切符を手にしている。普通であれば、それが気の緩みとなるところだが、鈴木には慢心さは全く見られなかった。
「代表になっているという気持ちが先行しないよう、気を引き締めてきた。いつも心がけていることだが、明日は一本をとる柔道をして自分の強さを出したいと思っている。そのためにも相手の研究をして準備してきた。僕の前に立った選手は全員倒すつもり」
 鈴木にとっては連覇がかかっているこの大会。五輪代表の座を争う3選手の中に割って入り、北京五輪にはずみをつけたいところだ。

 果たして明日はどのようなドラマが待ち受けているのか。棟田あるいは石井が初の五輪出場となるのか。それとも、シドニー五輪金メダリストの奇跡の逆転はあるのか――。全ては明日の大会で決着する。