「あの打席が自信になりました」
 ちょうど1年前、2007年4月29日のことだった。檜垣は高知と愛媛の連合チームの一員として、福岡ソフトバンク2軍との交流試合に出場した。ソフトバンクの先発投手はその年の希望枠ルーキー、左腕の大隣憲司。ケガで出遅れ、“プロ初登板”となるマウンドだった。
 この一戦まで檜垣のリーグでの打率は4割を超え、バッティングは絶好調だった。しかし、“江夏2世”とも騒がれたサウスポーを前に初回の第1打席はショートゴロ。
「さすが。スピードもキレもあるな」。
檜垣はNPBとのレベルの差を感じざるを得なかった。迎えた2打席目、今度は1死3塁のチャンスで左のバッターボックスに入った。

 カウント1−1からの3球目、外に逃げるスライダーだった。しっかりとバットを振りぬくと、打球はグングン伸びて右中間へ。あわや2ランかという一撃がライトフェンスに直撃した。大隣から1点を奪うタイムリー2ベース。檜垣は到達したセカンドの塁上で、こう思わずにはいられなかった。
「これは、まぐれか?」
 それでも、NPBで即戦力と目された投手の球を打ち返した事実は変わらなかった。しかも左対左という不利な状況をはねのけての2塁打である。NPBといっても手の届かないところではないかもしれない。生まれて初めて、そんな気持ちがわいてきた。

 打撃開眼のアドバイス

 檜垣の打撃が目覚めたのは、そのシーズンが始まる前のある一言がきっかけだ。
「トップの位置をもっと下げてみろ」
 アドバイスをしたのは当時アイランドリーグのコミッショナーを務めていた石毛宏典だった。トップの位置を下げることで、もっと水平にスイングにしてみろというのだ。それまでの檜垣は高いトップからバットを振り下ろし、叩きつけるようなバッティングをしていた。

 西武、ダイエーで1833安打を放った巧打者のアドバイスは的確だった。どことなく窮屈だったバットスイングがスムーズになった。バットが出やすくなれば、積極的に打ちにいける。開幕してから思った以上の結果が出た。
「シーズンを通して試合と練習を繰り返す中で、石毛さんのアドバイスを自然にできるようなりました。自分の形をようやくつかんだという感じです」
 終わってみれば、打率は3割を超えた。気がつけば、愛媛の主力打者になっていた。

 現在の課題は低めの変化球への対応。今シーズンはヒザでボールを捉えることを意識している。相手の誘いに対して、前のヒザが開けば上体が突っ込む。これではボールを鋭く打ち返すことはできない。ヒザを残し、下半身が崩れないように引きつけた上で、溜めた力をボールに乗せる。檜垣の打撃はさらにワンステップ上の段階へ向かおうとしている。

 盗塁数を増やせ

「でも、スカウトの人には走れるところも見せないとアピールにならないと思うんです。それは打順が4番だろうと関係ない。今年はランナーに出たら、常に走るつもりでいます」
 夢を叶えるためにはバッティングだけでは足りない。本人はそう感じている。そこで今年、もっとも力を入れているのが走塁だ。チーム自体が「走る」をテーマに掲げたこともあり、自主トレ期間中には陸上の先生に走り方を矯正してもらった。今治での春季キャンプ中には大洋で盗塁王を獲得した屋鋪要からスタートのタイミングやスライディングの技術を教わった。

 意識と行動の変化は、早くも結果となって表れている。昨年は90試合でわずかで7つだった盗塁が、今年は10試合で5つを数える。26日の高知戦では、第1打席に四球で1塁へ歩くと、すかさず二盗を決めた。ヒットで出塁した第2打席も2塁に進んだ直後、三盗をやってみせた。さらに第4打席も二盗を決め、しめて1試合3盗塁。「ランナーに出たら、常に走る」との目標を有言実行している。

「(アイランドリーグで)変わったところ? うーん、自分では何かが大きく変わったという意識はないんです」
 この1年で、あえて変わった点をあげるとしたら、それは技術的なものよりも、精神的なものだと檜垣は語る。一言で言えば、野球への取り組み方が変わった。
「学生時代も、もちろん一生懸命やっていました。ただ、振り返ってみると試合に出るだけで満足していた面はあったかもしれません。でも、今はNPBに入るという目的があります。そのためには何が何でも結果を出さなくてはいけない。もっとやらなくては、という意識は強いですね」

 憧れの選手は横浜の石井琢朗である。打者として2000本安打を達成しただけでなく、盗塁王4回、ゴールデングラブ賞4回。まさに走攻守3拍子揃ったショートストップだ。しかし石井は、当初、投手としてドラフト外で入団した選手だった。決してエリート街道まっしぐらの野球人生ではない。

 それは檜垣も同じことが言える。アイランドリーグのスタートはトライアウトに落ち、無給の育成扱いだった。そこから「NPBに入る」ことが現実味を帯びるレベルまで這い上がってきた。エリート街道とは無縁だった若者に、この秋、野球エリートへの扉は開かれるのか。リーグ戦は残り69試合。扉を開くカギはその中にある。

(おわり)

<檜垣浩太(ひがき・こうた)プロフィール>
1984年4月26日、愛媛県今治市出身。左投左打の内野手。今治西高時代は2年時より中軸を任される。専修大を経て、07年度のアイランドリーグのトライアウトを受けるも不合格。愛媛に無給の育成選手として入団する。キャンプでアピールし、2月に選手契約。4月度に打率.412の好成績を残し、月間MVPに輝く。リーグ1年目の成績は全90試合に出場して打率.309、6本塁打、51打点。三塁手のベストナインを獲得した。今季はショートに挑戦し、4番の重責を荷う。背番号は26。






(石田洋之)
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