「ガラスの天井」(glass ceiling)なる言葉を初めて目にしたのは、ヒラリー・クリントンが米国史上初の女性大統領を目指した時のことだ。米国社会で女性がトップリーダーを目指すには、目に見えない障壁や偏見との戦いがあり、残念ながらヒラリーはそれを突き破ることができなかった。
<私には女子柔道が恵まれない時期から取り組んできた自負がある。殴らなくては強くならないなんて、ふざけるなと思いました。女子選手がこんなふうに扱われるのが許せませんでした>(毎日新聞2月10日付)

 かつて“女三四郎”の異名をとった山口香筑波大大学院准教授のインタビューを読んで先の言葉を思い出した。彼女は3人いるJOC女性理事のひとりでありながら、全柔連の理事ではない。26人の理事は全員が男性だ。
 私は能力に性差はないと考えている。理事の選考にあたっては能力を最重視すべきだろう。理事の椅子すべてを男性が占めるのは、やはり異様である。

 五輪に採用されて以降、女子柔道の伸長は著しい。ひとつの指標として五輪のメダル数を持ち出せば、アテネ以降の3大会で、女子が14個であるのに対し、男子は10個。金メダル数も8対5と女子が3つ上回っている。メダル数に応じて理事の椅子を配分せよなどと無茶な注文を付けるつもりは毛頭ないが、いくら何でも0対26というのは閉鎖的に過ぎる。これは神事の色を帯びる大相撲の土俵から女性を遠ざけるのとは全く別次元の問題である。

 スポーツ界において「ガラスの天井」を突き破ったスポーツ指導者のひとりにソフトボール女子元日本代表監督の宇津木妙子がいる。「女が出る幕じゃない」。面と向かって、そう言われたのはユニチカ垂井のコーチに就任した時だ。日立&ルネサス高崎の監督に就任した際には「こんな女に何ができるか」と鼻で笑われた。「男性社会で認められるには男性指導者以上の結果を出すしかなかった」と宇津木は語っていた。彼女の奮闘がなければ、その後の北京五輪での金メダルはなかっただろう。

 女性アスリートの地位向上、参加促進を高らかに謳い上げた「ブライトン宣言」には<スポーツにおけるあらゆる地位、職務、役割への女性のスポーツへの参加を増大させる>との文言がある。宣言を支持した82カ国には、もちろん日本も含まれている。

<この原稿は13年2月13日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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