金融緩和ならぬタイトル緩和である。長い間、WBA(世界ボクシング協会)とWBC(世界ボクシング評議会)の2団体しか認めてこなかったJBC(日本ボクシングコミッション)がWBO(世界ボクシング機構)、IBF(国際ボクシング連盟)を相次いで承認し、加盟した。
 WBOにとって日本は65カ国目、IBFにとっては27カ国目の加盟国だ。日本のジムに所属するボクサーにとっては朗報だ。単純に計算すれば、世界王座に挑戦するチャンスは倍に増える。これまでは系列ジムのボクサーがチャンピオンだった場合、対戦を避けたりすることがあったが、そんなケースは減るだろう。

 一方でタイトルマッチの粗製乱造を危惧する声もある。現在、日本のジムに所属する世界王者は8人。80年代終盤、日本にはひとりも世界王者がいない時期があった。1年3カ月の空白を埋めた大橋秀行(現日本ボクシング協会会長)は試合後、ニュースステーションに生出演し、久米宏のインタビューを受けた。タイトル戦が所属ジムの関係でテレビ朝日系列で放送された背景もあるが、当時、ボクサーが報道番組に生出演するのは異例中の異例で、逆に言えば、それだけ国民の関心が高かったということである。

 タイトルが2つから4つになれば、世界王者は確実に増える。金融緩和で貨幣の価値が下がるように、タイトルの価値も下落する。前者の場合、デフレ脱却という錦の御旗を掲げての政策目標であり、財政再建という出口戦略を見据えてのものなら得心するが、後者の場合、ただ日本のジムに所属するボクサーのチャンスが増えるだけなら“世界戦バブル”の誹りを免れまい。挑戦者の資格のハードルを上げるとか、王者になった場合は他団体王者との統一戦を奨励するなどしてタイトル価値の下落に歯止めをかけるべきだろう。

 もう1点、日本初のIBF王者・新垣諭の扱いはどうなるのか。JBCがIBFを承認していなかった84年、バンタム級王者となった新垣は「消されたチャンピオン」と呼ばれ、世界王者であるにもかかわらず彼に関する報道は、ほとんどなかった。IBFに加盟するJBCには、この際、彼の「名誉回復」を率先して行うくらいの度量の大きさを見せてもらいたい。

<この原稿は13年3月27日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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