針になるな、ハンマーになれ――。この言葉を胸に反骨の人生を生きた女子柔道家がいる。ラスティ・カノコギ。「女子柔道の母」と呼ばれている。彼女がいなければ、女子選手が五輪の畳に上がる時代の到来は随分遅れていただろう。
 著者は書く。<当たり前のことが当たり前でなかった時代がある。そして、歴史のページをめくり、普通の時代を作るには、圧倒的なエネルギーを持った者の登場を待つしかないことがある。女子柔道の場合、それがラスティだった>
今から53年前、彼女はYMCAのニューヨーク州選手権の団体戦で男子に交じって優勝しながら女性であることを理由に金メダルを剥奪された。そんな時代もあったのだ。
 彼女は偉大な柔道家であると同時に偉大な運動家でもあった。それは彼女が1980年にニューヨークで開催された第1回世界女子柔道選手権大会を組織委員長として取り仕切ったことでも明らかだろう。女子柔道が五輪で正式採用されたのは、この12年後のことだ。
 女子柔道に夜明けをもたらした人物は3年前の11月、骨髄腫のため世をさった。彼女こそは、まさしく「柔の恩人」だった。 「柔の恩人」 ( 小倉孝保著・小学館・1600円)

 2冊目は「55歳からのフルマラソン」( 江上剛著・新潮新書・680円))。 緊急登板で社長に就任。銀行再建に奔走するなか、それでも著者は走り続けた。「マラソンが、私を救ってくれた」。走ることの意義を中年ランナーの視点から描いた好著。

 3冊目は「なでしこ力 次へ」( 佐々木則夫著・講談社・1200円)。 女子サッカーでW杯と翌年の五輪を続けて優勝したチームはまだない。偉業に挑戦する「なでしジャパン」の指揮官が描く未来図とは? 理想とする組織への言及も興味深い。

<上記3冊は2012年5月30日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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