「大丈夫。僕は選手たちを信じている。彼女たちなら、きっとやってくれるよ」
 2013年2月8日、アイスホッケー女子日本代表はスロバキアで行なわれたソチ五輪最終予選の初戦に臨んだ。相手はノルウェー。世界ランキングは日本11位、ノルウェー10位と、実力はほぼ互角だった。ところが、第2ピリオド途中まで0−3。予想外の点差に、スタンドからはため息がもれた。だが、メンタルコーチの山家正尚は「絶対に大丈夫」と言い切った。選手たちを信じ切るだけの自信が、山家にはあった。
 山家がチームのメンタルコーチに就任したのは、最終予選の約3カ月前、昨年11月のことだった。就任したばかりの頃、山家は個別ヒアリングで全選手に次のような質問をしている。
<日本は最終予選を突破できると思いますか?>
 答えの半数を占めたのは「よくわからない」「全然、自信がない」というものだった。

 ところが約2カ月後の12月末に同じ質問をすると、ほぼ全員から肯定的な答えが返ってきた。
「正直、驚きました。僕としては、予選の直前、1月末の時点で『やれそうだ』という答えが8割以上いたらいいな、と思っていたんです。ところが12月末時点で既にほとんどの選手が突破できるというイメージをもっていました。しかも、『やれそうだ』のレベルを超えて、ほとんどの選手が『予選が楽しみだ』というレベルまでいっていたんです。その時に、『あ、このチームはやれるな』と確信しました」

 インターミッションで確信した勝利

 とはいえ、さすがに第2ピリオド途中で3点差となった時には、山家に不安がまったくなかったと言えば嘘になる。だが、残り8分を過ぎたところで、ゴール前の競り合いから青木香奈枝がこぼれ球を押し込み、1点を返した時には、山家の心は再び落ち着きを取り戻していた。
「よし、これで大丈夫。いける、いける」
 それは、飯塚祐司監督をはじめ、他のスタッフ陣も同じだった。

 第2ピリオドを終え、15分間のインターミッションに入った。飯塚監督の方針として、スタッフは試合開始直前まで控室には入らない。部屋の中では22人の選手だけのミーティングが行なわれていた。
「スタッフもみんな『大丈夫、逆転できるよ』と口々に言っていました。でも、第3ピリオドが始まる直前、控室に入る時には『選手たち、沈んでいなければいいけど……』という心配もしていたんです」
 だが、それは杞憂に終わった。飯塚監督を先頭に、スタッフ陣が控室に入ると、そこには選手たちの笑顔があり、威勢のいい声が飛び交っていた。この明るい雰囲気に、山家は再び勝利を確信した。

 果たして、第3ピリオドに入ると、日本の猛攻が始まった。まずは開始9分、相手から奪ったパックをキャプテンの大澤ちほが、センターラインを少し過ぎた所からゴール前に押し出した。おそらく、これは本人としてもシュートではなかっただろう。ところが、パックは相手ゴールキーパーの手前で変則的にバウンドし、そのままゴールへと吸い込まれていったのだ。一瞬の出来事に、ゴールキーパーも茫然とするしかなかった。
「勢いのあるチームには、こういうことが起きるんですよね。普通、あれは入らないですよ」
 自らも選手、指導者としてアイスホッケーに携わってきた山家も、このゴールには驚いた。と同時に、流れが日本に来ていることを感じていた。

 さらにその1分半後、チーム最年長の久保英恵が自陣でパックを奪うと、ゴール前へ。相手ディフェンダー陣がゴール前に引きつけられている間に、中村亜実がほぼフリーでシュート。ターンオーバーからの鮮やかな速攻で、日本は同点に追いついた。これで完全に勢いづいた日本は、スタミナでも相手を勝り、最後は残り3分のところで坂上智子の勝ち越しゴールが決まり、逆転。そのまま1点差を守り切り、初戦を白星で飾った。
「アイスホッケーで3点差をひっくり返すというのは、そう簡単なことでありません。でも、彼女たちは自分たちでしっかりと立て直してみせた。あの逆転劇を呼び起こしたのは、誰でもなく、彼女たち自身です」

 “スマイルジャパン”の真骨頂

 翌日の第2戦、日本は世界ランキング7位の地元スロバキアと対戦した。完全アウェーの中、主導権を握ったのは日本だった。60分間で放ったシュート数は16本のスロバキアに対して、日本は62本。だが。一度もゴールを割ることはできなかった。5分間のオーバータイムを経ても決着はつかず、0−0のまま、勝敗はゲームウイニングショット(GWS)に委ねられらた。

 すると、真剣な表情でゴール前に並ぶスロバキア選手に対し、日本選手たちの表情は一様に明るかった。たとえ失敗しても「いいよ、大丈夫!」とお互いに声を掛け合い、最後まで笑顔を絶やさなかった。結果は、スロバキアが4人目でゴールを決め、日本は黒星を喫した。だが、山家は悔しさよりも、大きな喜びを感じていた。
「GWSはサッカーのPK同様、とても緊張するんです。ところが、そんな場面でも彼女たちは笑顔を忘れずに、みんなで盛り上げていました。その姿に、僕は心から感動しました。『なんて、あなたたちは素晴らしいチームなんだ!』と叫びたい気持ちになりましたよ。そして、思ったんです。『この場面で笑えるんだから、彼女たちのメンタルはホンモノだな』と」
 これぞ、まさに“スマイルジャパン”の真骨頂と言えるシーンだった。

 1勝1敗で迎えた最終戦、日本は世界ランキング19位のデンマークと対戦した。2試合を終えた時点で、1位は勝ち点5のデンマーク。日本は勝ち点4で2位につけていた。つまり、この試合に勝てば、日本の五輪出場が決まるという大一番だった。日本はそのプレッシャーをものともせず、序盤から果敢に攻めた。そんな日本の勢いに、デンマークは終始押され気味だった。結果は、5−0と日本の圧勝。1998年長野大会以来、国外開催の五輪では初めて掴んだ五輪の切符だった。

 翌日、メディアは一斉にこのニュースを報じ、日本列島を沸かせた。瞬く間に彼女たちは“時の人”となったのである。わずか3カ月前、初めて代表合宿を訪れた際、山家が目にしたチームでは、もうなかった――。

(後編につづく)

山家正尚(やまや・まさなお)
1966年、北海道生まれ。高校卒業後、製造業に勤務。営業マンとして勤務する傍ら、アイスホッケーの小学生チームを指導する。02年にコーチングの勉強を始め、04年に退職、プロコーチジャパンを設立。企業経営者やプロスポーツ選手を中心にコーチングビジネスを展開し、古閑美保(元プロゴルファー)や、菊池雄星(埼玉西武ライオンズ)、廣瀬純(広島東洋カープ)、大山峻護(総合格闘家)など数多くのアスリートを指導してきた。昨年11月からアイスホッケー女子日本代表のメンタルコーチに就任。ソチ五輪出場に向けてのチームづくりに大きく寄与した。

(文・写真/斎藤寿子)
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