今年2月の最終予選を勝ち抜き、来年開催されるソチ五輪出場一番乗りを果たしたアイスホッケー女子日本代表。その彼女らの愛称として決定したのが、当初からチームが希望していた“スマイルジャパン”だ。21歳の若き主将・大沢ちほはこう述べている。
「最終予選という大きな舞台でも、いつものように笑って、楽しくできた。だから希望していた愛称に決定して、とても嬉しい」
 この “スマイルジャパン”誕生秘話に欠かすことのできない人物がいる。昨年11月にチームのメンタルコーチに就任した山家正尚だ。
「あれ? なんかおかしいな……」
 初めてチームの合宿を訪れた時のことだ。山家はチームの様子に疑問を抱いていた。練習の時も、食事の時も、団体競技に最も重要なコミュニケーションが希薄しているように感じられたのだ。よく見てみると、選手たちは所属するチームや、近い年齢の選手同士でかたまっていた。選手たちが心を開ききっていない様子が、初めてチームを見た山家にははっきりと見てとれたのだ。

「技術的には、非常に高いものをもっていることは、練習を見てすぐにわかりました。本当に優秀な選手が揃っている。彼女たちが実力を発揮さえすれば、最終予選を突破してソチ五輪の切符を掴むことは十分にできると思いました。ただ、そのためにはみんなが信頼し合って、結束力を高めることが必要です。ミスを恐れることなく、プレーに集中することができる環境が重要なんです。

 ところが、11月の合宿ではそれを感じることができなかったんです。例えば、私が行なった一番最初の講義でも、選手たちに何か問いかけても、自ら意見を言おうとする選手はほとんどいませんでした。遠慮しているというか、何か話しにくそうな雰囲気があったんです。僕との1対1での個人面談では、みんなとってもよく話すんですよ。チームで世界を相手に戦うわけですから、これではせっかくの実力を発揮することはできないだろうと。そこで、みんなが腹を割って話すことができるような仕組みをつくろうと、さまざまな働きかけを行なったんです」

 短期間で遂げたチームの変貌

 まずはじめに行なったのが、“承認のシャワー”だ。数人のグループをつくり、1人の選手が掲げた目標に対して、他の選手が次々と承認するような言葉をかけていくワークだ。
「あなたはこういうところがすごいから、絶対にできると思います」
「あなたのこういうところを尊敬しています」
 順番にやっていくと、なかには感激のあまり「ありがとうございます!」と言いながら、泣き出す選手まで出てきたという。

 しかし、このワーク後もチームの雰囲気はそれほど大きくは変わらなかった。理由は、選手の好きなようにグループを作らせたため、結局はいつも話すメンバー同士で行なわれたからだ。もちろん、それでも普段は口にしていなかった“承認の言葉”を浴びたことによって、「そんなふうに思ってくれていたんだ」という気持ちになったことは間違いない。だが、それがチーム全体に浸透されなければならない。

 そこで次に行なわれたのが、1対1での承認の言葉かけだ。2人で向かい合い、1分間で相手の良いところ、尊敬しているところをお互いに伝え合う。これを自分以外の全員と当たるようにしたのだ。そこでもまた、あちらこちらで感激の涙を流す姿が見られたという。そして、この時からチームは変わり始めていく。

 さらにコミュニケーションを深めるために、山家は“ワールドカフェ”というワークを行なった。これは数人ずつのグループに分け、1テーブル(グループ)ごとにそれぞれ異なるテーマについて話し合うものだ。例えば5人ずつの4テーブルで話し合いが行なわれるとする。5分間、各テーマについて話し合い、そこで出された意見のデータをまとめる。次に、1人だけそのテーブルに残り、他の4人はそれぞれ違うテーブルへと移動する。残った1人が議長となり、新しい顔ぶれで話し合いが行なわれる。これを4度繰り返すことによって、全員が全てのテーマについて意見を出し、全員と顔を合わせることになる。

 この“ワールドカフェ”はチームに大きな変化をもたらした。山家は“ワールドカフェ”後に、こんな質問をしている。
「最終予選まで約2カ月となりましたね。では、初戦を迎える2月10日、チームはどういう状態になっている必要があると思いますか?」
 この時、全員で話し合いの場がもたれたが、残念ながら答えが出る前に、山家の講義に用意された時間が終了。そこで山家はこう言った。
「じゃあ、あとは皆さんにお任せします。もし、必要だと思ったら、考えてみてもいいかもしれませんね」
 するとその日、選手たちは夜遅くまで話し合ったという。もうそこには、山家が最初に感じたコミュニケーションが希薄したチームの姿はなかった。

 ソチに向けたレベルアップ

 その後、チームはどんどん結束力を深めていった。12月末に行なわれた合宿の時には、すっかり“スマイルジャパン”が出来上がっていた。わずか1、2カ月での大きな変貌に、山家自身、驚きを隠せなかった。
「この短期間で、これだけ変われたというのは、正直ビックリしましたね。私の予想をはるかに越えていました。それだけチームとしてのレベルが高かったからに他なりません。ただ、ほんの少し欠けているものがあっただけに過ぎなかった。それがコミュニケーションだったんです。私はそのことに気づくきっかけを与えたに過ぎません。彼女たちは本当に素晴らしいですよ」

 そして、山家はこう続けた。
「今の彼女たちなら、どんなに劣勢の場面でも、気持ち的に崩れるということは、まずありません。崩れかけても、必ず誰かが声を出して、チームの士気を高めていくことができるんです。本当に素晴らしいチームです」
 実際、練習試合を含め、ソチ五輪最終予選(2月)、世界選手権(4月)と、山家は一度もチームが崩れたところを見たことがない。最終予選の初戦、スロバキア戦では3点ビハインドをひっくり返してみせた。どんなに劣勢の場面でも、選手たちから笑顔が消えることはなかったのだ。

 とはいえ、世界のトップチームが集う五輪では、これまで以上に厳しい戦いが待ち受けていることは想像に難くない。
「メダルを狙うとなれば、強い相手に対して、それ以上に強い気持ちで臨むこと。そして、崩れるのを防ぐだけではなく、そのうえに新しい目標設定をしていくことが必要でしょう。それを今後、五輪までに取り組んでいきたいと思っています」

 長野五輪以来、国外開催の五輪としては初めての出場となる女子アイスホッケー。彼女たちにとって未知の世界である世界最高峰の舞台での戦いは、想像以上に厳しいだろう。だが、彼女たちがやるべきことははっきりしている。
「最後まで手を緩めずに、自分たちのプレーに徹すること」
 これがチーム全員が決して破ってはならないルールなのだ。その徹すべきものの中に「笑顔で楽しくプレーする」という意味合いも含まれている。そして、それこそが初の表彰台への基盤となる。“スマイルジャパン”にとって、また新たな挑戦が始まる。山家はそのサポートに尽力するつもりだ。

(おわり)

山家正尚(やまや・まさなお)
1966年、北海道生まれ。高校卒業後、製造業に勤務。営業マンとして勤務する傍ら、アイスホッケーの小学生チームを指導する。02年にコーチングの勉強を始め、04年に退職、プロコーチジャパンを設立。企業経営者やプロスポーツ選手を中心にコーチングビジネスを展開し、古閑美保(元プロゴルファー)や、菊池雄星(埼玉西武ライオンズ)、廣瀬純(広島東洋カープ)、大山峻護(総合格闘家)など数多くのアスリートを指導してきた。昨年11月からアイスホッケー女子日本代表のメンタルコーチに就任。ソチ五輪出場に向けてのチームづくりに大きく寄与した。

(文・写真/斎藤寿子)
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