高校ラグビーは選手の健康面を考慮して1日おきの開催であり、高校サッカーも準決勝の前には1日の休養日を設けている。大野の“残酷登板”が問題になった後、高野連の牧野直隆会長は、審査室会議後の記者会見の席で「1日の休養日という問題も含めて、スケジュールのあり方はいろいろと検討している」と明言した。しかし、一向に改善される気配はない。主催者側は、選手の健康管理について、いったいどういう提案を行っていくつもりなのか。
<この原稿は1999年の『Do or Die――スポーツは誰のもの!? 21世紀への提言集』(KSS出版)に掲載されたものです>

 以下は筆者と土原剛朝日新聞高校野球事務局局長との一問一答である。
――なぜ、主催者側はたった1日の休養日も設けようとしないのか?
土原: 1日の休養日も含め、いろいろな検討をしてはいるが、これといった名案がない。それに、1日、休みを与えれば、全てが解決するわけでもない。4連投とはいってそれは決勝に残る2チームだけのこと。仮に準決勝前に休養日を設けるとしても、恩恵に与るのはわずか400分の4。抜本的な解決策にはならない。

――抜本的な解決策にならないのは百も承知。しかし、1日の休養日を設けることで主催者側の健康管理にかける姿勢が明確になり、波及効果が生じるとはお考えにならないか。ベストの方策ではないといってベターな方策すら採用しないというのは理解に苦しむ。
土原: だから、いつ実現するとは言えないが、運営委員会の中で論議をしていることは事実。このままでいいとは誰も思っていない。ただ、物理的に難しい面もある。阪神は(甲子園球場の貸与で)最大限の努力をしてくれてはいるが、日程が延びるのはどうか。雨で大会が伸びることも考えないといけない。

――試合の何割かをナイトゲームにすれば、炎天下で投げるより多少、ピッチャーの疲労も少ないのでは?
土原: 高校野球ファンはプロ野球ファンとは違う。それに夜遅くまで高校野球をやるのはどうか。

――連投の禁止、というのはいかが?
土原: 個人的には私も投球に関するルールをつくるべきだと思う。たとえばハワイ州のルールでは1トーナメントにひとり15イニング以上投げられないことになっている。こういう制度をすみやかに日本も検討すべきだろう。

――改革の意思のあることは理解できた。しかし、大野君の“事件”から2年が経つというのに、掛け声だけで何も実行していないというのは、なぜなのか?
土原: ご指摘のように運営委員会のかには“どんなアイデアもやらないよりはやった方がましだ”という意見の人もいる。現状のままでいいとは誰も思っていないんだから、もう少し時間を貸して欲しい。

 休養日を設けることがそんなに難しいこととは思えないが、守旧派の朝日、高野連にしてみれば、これまでの慣習をおいそれとはかえられないのだろう。大組織ならではの驕りと硬直性が垣間見える。
 それとも、別の理由が存在するのか。
「要するに新聞社の立場からすると、せっかく盛り上がっている最中にわざわざ休養日を入れて水を差したくないということなんですよ。夏の高校野球はお盆を過ぎてから一気に盛り上がる。そうした運営上の論理の前では選手の健康管理なんて吹き飛んでしまうということです」(アマチュア野球評論家・松尾俊治氏)

 地方大会をもっと早くスタートさせれば、甲子園の開催も早くなり、終盤の過密日程を防げるのではないか、という意見もある。しかし、これも現行の学校システムがネックとなって、そう簡単には運ばないようだ。

 神奈川県のある有力校の監督がそのあたりの事情を語る。
「ウチの県の場合、3連戦、一つ休みをはさんで2連戦を勝ち抜かなければ甲子園には行けない。雨が降ったら5連戦。殺人的なスケジュールですよ。それでもう少し予選を早く始めたらどうかと提案したわけですが、神奈川県ではちょうど7月10日前後に県立高校の期末テストが集中しているため、教育委員会がこれよりも早い予選の開始を認めてくれないんです。野球も教育の一環だというんだったら、期末テストと並行してやってもいいでしょう」

 いずれにしても選手の健康管理よりも運営、少々飛躍して言えば「人権」よりも「制度」に重きを置くのが、どうやら主催者である朝日と高野連の暗黙の確認事項であり、ならば権力に仮託する形で「教育」を名乗る資格はない。繰り返すが、選手の健康を第一に考え、なぜもっと柔軟に対応できないのだろう。あえて言っておくが、過渡期の高校野球にあって本当に問われるのは選手よりも監督の資質であり、それ以上に主催者のフレキシビリティである。

 最後に問うておきたいのは、報道機関である朝日新聞から、全くといっていいほど、高校野球の問題点が指摘されないことである。93年、3部にまたがって掲載された<ここが気になる高校野球>というシリーズも、問題点の本質をたくみにカムフラージュした上で、お手盛りのみそぎをすませたものであり、先述したように何の改革案も示さず、当然のごとく選手の救済策は何ひとつとして実行に移されなかった。今まさに溺れようとしている若者にワラさえ与えようとしない、非人道極まりない姿勢だと言わざるを得ない。

 朝日OBのスポーツ評論家・中条一雄氏が批判する。
「朝日は運営と取材がごっちゃになっている。記者の筆が鈍るのは当然で、戦争中に軍部を支持した翼賛記事と少しもかわるところがない。高校野球を美化、誇張して書くことは大本営発表とかわらない。あるいは、政治記者が政党に属せば、ろくな政治記事が書けないのと同じ理屈です。従って、朝日は高校野球の運営から一日も早く手を引くべきなんです」

 中条氏の意見には筆者も賛成だ。狂熱の夏に選手生命が失われても、それで良しとするのか、否かというのか。祭りに捧げる生け贄は、スポーツには必要ない。

(おわり)
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