日本を代表するサブマリンが海を渡る。千葉ロッテで13年間プレーした渡辺俊介が、メジャーリーグ(MLB)挑戦を表明した。渡辺は2001年にドラフト4位でプロ入りすると、チームの2度(05年、10年)の日本シリーズ制覇に貢献。06、09年にはWBC日本代表にも選出され、連覇を経験している。アマチュア時代の00年のシドニー五輪も含め、国際大会で数多くのマウンドに上がってきた。アンダースローの中でも球の出どころが世界一低いと言われる37歳のベテランが、MLBの強打者相手にどんなピッチングを見せるのか。過去の原稿から独自の投球理論に迫る。
<この原稿は2008年『プロ野球の一流たち』(講談社現代新書)に掲載されたものです>

 2005年に31年ぶりの日本一を達成した千葉ロッテマリーンズ。リーグ2位、プレーオフ制覇、そして日本一の立役者が下手投げの渡辺俊介だ。05年の成績は23試合に登板し、15勝4敗、防御率2.17。プレーオフと日本シリーズは3試合に登板し、1勝0敗、防御率0.39。自他ともに認める日本最強のサブマリンである。

 下手投げの大投手といえば、杉浦忠、秋山登、皆川睦雄、山田久志らの名前がすぐに頭に浮かぶ。しかし、近年は左の強打者の急増やマウンドが高くなったことが原因で不利を被ることが多くなり、“絶滅危惧種”と揶揄されるような状況が続いていた。
 そんな中、渡辺はいかにして難局を打開し、下手投げの復権に成功したのか――。
 05年の日本シリーズ後、私は渡辺の考えをじっくり聞く機会があった。ここに、そのエッセンスをまとめて紹介したい。

――日本シリーズ第2戦。阪神相手に4安打完封勝ち。緩急を自在に操って、阪神打線を手玉にとりました。まるで芸術作品を見ているようでした。

「あの時、(千葉マリンスタジアムには)4メートルくらいの風(追い風)が吹いていました。この風が好投の原因です。3回、無死一、二塁のピンチで藤本敦士が送りバントを失敗してくれた。これは大きかった。実は藤本は初球、バントの姿勢で空振りしたんです。あれで行けるかなと。迷いだしているなと。
 6回の(アンディ・)シーツに対してはキャッチャーの橋本将に“ゲッツー行こうよ”と言ったところ、内角高めのシンカーで詰まらせ、そのとおりになった。あんなに予定通りに行くなんて思わなかった。プレーオフの経験が生きたんだと思います」
 千葉マリンスタジアムは日本で最も風の強い球場として有名である。理想の風は? と訊ねると、すかさず「追い風4〜6メートルくらいですね」という答えが返ってきた。

 なぜ、追い風が有利なのだろうか。
「その追い風がバックネット後方のコンクリートに当たってはね返ってくる。その風に合わせてボールを変化させることができるからです」
 千葉マリンスタジアムは、日によっては10メートルの追い風が吹くこともある。10メートルの追い風ならば、はね返ってくる風の量も多くなる。その分、もっとボールに変化を加えられるという理屈にもなるが、そのあたりの兼ね合いはどうなのだろうか。

 そういえば牛島和彦から、千葉ロッテ時代のエピソードとして印象的な話を聞いたことがある。千葉マリンでフォークボールを投げるときは、バックネットにはね返る風の断面にボールを当て、効率よくボールを落としていた、というのだ。投球と千葉マリンの風の関係は、経験した者にしかわからない世界だ。
「10メートルを超えると腕を振るのもしんどい。マウンドに上がっているとものすごい抵抗を感じますよ。プレーオフの時の松坂大輔なんて、何度も帽子を飛ばされていたでしょう。あれはしんどいですよ。目まで乾いていきますから。
 牛島さんの感覚はわかりますね。僕も風の壁にぶつけるようなイメージで投げています。シンカーもスライダーも。はっきり壁が見えるわけではもちろんありませんが、大体の感覚というのは掴めてきましたね」

 しかし、試合中に風が変わることだってある。千葉マリンの風は読みにくい。スタジアム上空を舞ったりすることもあるのだ。
「そこなんです。試合中に風の向きが変わることはもちろん、巻いたり止まったりもする。だから常にスクリーン表示してある(風の方向を示す)デジタルの矢印だけはチェックしています。
 そこはキャッチャーもわかっているので、『今日はこの風だからこのボールで行こう』とか、そのつど話し合うことにしています」

 05年の千葉マリンでの渡辺の成績はなんと9勝3敗、防御率1.90。この数字はいくらホームアドバンテージがあっても見事すぎる。
 アンダースロー投手の場合、変化球を駆使して打たせて取るピッチングが基本である。ゴロが多いときの方が調子がいいと判断されるのが普通だ。ただし、ストレートをピッチング基本において組み立ててる投手は、逆にフライが増える傾向になる。彼のピッチングスタイルとは、どのようなものなのだろうか。
「(調子の判断は)ウ〜ン、僕の場合、どちらかというとフライでのアウトが多い時の方がいいですね。ボールが伸びている証拠だから」

――ということはピッチングの基本は、やはり真っすぐ?
「それも日替わりですね。ストレート、カーブ系、シンカー系。その3つの系統のボールの中から一番いいものを選択しています」

 パ・リーグのバッターに聞くと、おしなべて、渡辺はカーブがいいと答える。
 アンダースロー投手のカーブというと、まず思い出されるのが往年の大投手・杉浦忠のカーブである。全盛期のエピソードには事欠かない。腰のあたりに来たボールを慌ててバッターがよけると、そこからギューンと曲がって、外角いっぱいに決まった。これは野村克也から聞いた話だ。
「僕のカーブはそこまでは……。チェンジアップと思っているバッターも多いようですから」

 投手というものは、自分と似たタイプの名投手のフォームを参考にしながら自らのフォームを作りあげていく。しかし、アンダースロー投手は近年、非常に数が少ない。フォームで参考になるようなピッチャーはいたのか。
 この話題に触れたとき、渡辺は驚くべき選手名を口にした。フォームで参考にしたのは工藤公康と黒木知宏だというのだ。
「いや、投げる基本は同じなんです。2人とも一番投げやすいフォームで、しかも自然に投げている。まるでバッティングピッチャーのように」

――でも、バッティングピッチャーのフォームだとボールの出どころがわかりやすく、簡単に打たれてしまうのでは?
「そこを防ぐため、肩を開かずに、そのままバッターに対して『真っすぐに移動』するんです。そして、投げる瞬間にパッと回転する。要するに左肩と右肩のラインを真っすぐにしたまま、キャッチャー方向に移動するんです。
 速い球を投げようとするとどうしても(左肩が)早く開いてしまう。いくらいいボールが行っても、バッターから見やすいボールでは意味がありません。腕が出てくる様子が全部わかってしまいますからね。ただし、基本的にはそうですが、あまり(腕を)隠すというイメージは持っていません。同じかたちのまま移動して突然、回転した方がバッターを幻惑できる。これならバッターもタイミングを合わせづらい。
 これは山田久志さんもおっしゃってましたよ。同じかたちのままキャッチャー方向に移動していくと、バッターはフォームが止まっているように見えると。いつ腕が出てくるかわからないから、対応できないんだと。社会人時代ですから、もう97、98年頃のことですが。その頃はよく理解できなかったのですが、01、02年頃からやっとわかってきました。このコツが掴めなかったら、ここまでのピッチャーにはなっていなかったと思います」

(後編につづく)
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