渡辺俊介には「野球を続ける上で転機になった試合」がある。03年5月21日、Yahoo! BBスタジアム(当時)でのオリックス戦だ。
<この原稿は2008年『プロ野球の一流たち』(講談社現代新書)に掲載されたものです>

 結論から述べれば、この試合に先発した渡辺は5回途中で降板し、敗戦投手になった。公式記録は4回3分の1を投げ、打者24人に対し、球数105、被安打9、三振4、四球、死球がそれぞれ1、失点8、自責点7――。木っ端微塵に打ちこまれてしまったわけだ。

 この試合は渡辺にとって03年のシーズン初登板だった。イースタンリーグでの4勝0敗という好成績を買われて1軍に呼ばれた。ところがスコット・シェルドン(2回)、三輪隆(2回)、葛城育郎(2回)、ルーズベルト・ブラウン(5回)にホームランを打たれ、スポーツ新聞風に言えば「大炎上」。当時の山本功児監督には「次のチャンス? あるわけないよ」と厳しい言葉を浴びせられた。
「あのときほど落ち込んだことはない。何しろ生まれて初めて自信を持って臨んだ試合でしたから……」

 こう前置きして、渡辺は“悪夢”を振り返り始めた。
「あの試合は球も走っていました。走っているといっても僕の場合、130キロちょっとですけど、球は切れていました。あの頃はファームでは投げれば勝てる状態だった。これだったら1軍でも通用するだろうと秘かに思っていたんです。
 キャッチャーの里崎智也もファームから一緒に上がってきたんですが“絶対に勝てるぞ。自信を持って投げろ”と励ましてくれました。もちろん僕自身、確固たる自信を持っていた。だから、まさかあそこまで打たれるとは……。ピッチャーになって初めて味わう挫折でした」

 この試合まで渡辺は「速さ」を追求していた。いくら下手投げの技巧派といっても「140キロのストレートが投げられないようではプロでは通用しない」と思っていた。どんなに腕を振っても140キロは出なかった。しかい130キロ台の切れのいいボールは投げられるようになっていた。ファームでの好成績が自信に拍車をかけた。しかし、たったひとつの失敗で地道に積み重ねてきた自信は粉々に砕け散ってしまったのである。

「正直言って、この試合まで僕には理想がありました。自分が納得できるボールでバッターを抑える。ピッチャーにとって、これほど気持ちのいい瞬間はないでしょう。お客さんも盛り上がってくれる。これこそがピッチャーの醍醐味だと思っていた。
 ところが、この試合を機に、理想は全て捨てました。カッコよさなんて追求している場合じゃないと。も調子が良かろうが悪かろうが、あるいはまわりがいいピッチャーに見てくれようが、見てくれまいが、とにかく抑えればいいんだと。何が何でも結果を出さないことには、この世界で生き残れないという危機感もありました。もう、きれい事を言っている状況じゃなくなってしまったんです」

 自分が納得のいくボールでバッターを打ち取る――。渡辺が言うように、これがピッチャーの理想だ。自らが掲げる理想に一歩でも近づくために、ピッチャーはトレーニングを積み、持っているボールに磨きをかけるのである。

 ところが渡辺の場合、厳しいトレーニングを積み、ボールに磨きがかかればかかるほどバッターのえじきになってしまうという悪循環に陥ってしまったのである。
 これが野球というスポーツのおもしろいところだ。速いボールはピッチャーが成功する上での「必要条件」ではあるが「十分条件」ではない。むしろ、生半可な速さは大ケガの元になる。中途半端に速いくらいなら、極端に遅い方がむしろいい。

 つまるところ150キロを超えるストレートが有効なのは、バッターの目が慣れていないからである。どのピッチャーも150キロを超えるストレートを有していたら、それは打ちごろのボールとなる。
 仮にプロのピッチャーが投じるストレートの平均が140キロだとしたら(左右の違い、投法の違い、リリースの位置の違いはあるものの)、それよりも極端に速いボールか遅いボールの方がバッターの目を惑わすには有効だ。

 かつて「遅球王」と呼ばれた星野伸之(オリックス−阪神)から私はこんな話を聞いたことがある。
「バッターというのは自分が有利なカウントになると必ずといっていいほど狙い球をしぼって待っているんです、どんなボールでも打ってやろうとは考えていない。僕の場合、自分に不利なカウントになったら“打たれないぞ”ではなく“打たれてもいいや”という気持ちで投げるように心がけていました。下手に気合いを入れ過ぎて、力で抑えにかかると逆にタイミングを合わされてしまう。だから“どうぞ打ってください”という気持ちが大切なんです」

 野球の常識から言えば、よし打たれてなるものかと歯を食いしばって投げるのがピッチャーである。全身全霊を込めたボールでバッターを牛耳るからこそ達成感も得られるのである。
 ところが星野は「どうぞ打ってください」という気持ちで投げていたというのだ。そのような心境に達するまでに、いったいどのくらいの時間を必要としたのだろう。「どうぞ打ってください」という気持ちでバッターにボールを差し出すのは、言うなればピッチャーとしての自らを否定する行為に他ならない。困惑もあれば葛藤もあったはずだ。それを乗り越えて星野は悟りを開いたのである。

 渡辺俊介に単刀直入に訊ねてみた。
――今、ストレートは投げていますか?
渡辺: 純粋なストレートは投げていません。

――まったく?
渡辺: はい、まったく。

――よく技巧派のピッチャーの中にも「ストレートが軸」という人がいます。ストレートがあるからこそ変化球が生きるんだと。
渡辺: 僕は速いボールがストレートである必要はないと思っています。バッターに速く感じさせるんだったらシンカーでシュートでもいい。ちょっとだけ速ければ、どんなボールでもいいんです。

――ストレートでなくてもいいから、バッターに速く感じさせるボールは必要だということですね?
渡辺: ええ、それは絶対に必要です。

――ボールの強弱あったり緩急も必要ですか?
渡辺: もちろん、それも必要です。

 先述したように、かつては杉浦忠、秋山登、皆川睦雄、山田久志をはじめアンダースローには大投手がたくさんいた。しかし、今では12球団を見渡しても、エース級は渡辺俊介ひとりだけである。この理由について本人はどう考えているのか。
「プロ野球のなかでアンダースローの評価が低いというのは身に染みて感じています。しかしアマチュアのなかには結構いるんです。なんでこの人がプロに行けないんだろうって思うような人が……。

 最近はピッチャーのスピードをスピードガンだけで測定しますが、バッターが感じるアンダースローのピッチャーの“体感スピード”はスピードガンの記録よりもずっと速いというんです。そこをもう少しアピールしていきたい。僕が活躍することで、アマチュアにいるアンダースローのピッチャーに光が当てられたら、これほどうれしいことはない。僕よりも素質のあるピッチャー、アマチュアはたくさんいるんですから……」

 地を這うようなフォームから繰り出されるボールは、それ自体がひとつの芸術であり、それが触媒となって独自の野球文化を創造する。渡辺俊介こそはその担い手であり、グラウンドの無形文化財である。

(おわり)
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