二宮: よくスポーツでは「心技体」と言われます。しかし、青木さんの考えは「体技心」で、まず「体」が大事だと?
青木: 昔も今も大事なのは「体技心」の順番でしょう。ただ、日本人は精神面を重視するし、言いやすいから「心技体」と表現するようになったんじゃないかと思っているんです。体力がなかったら、仕事でもスポーツでも何かをやろうとしてもできない。逆に体力があれば、技術も身につくし、心だって安定するんじゃないでしょうか。

 背筋を伸ばすと気持ちも変わる

二宮:「健全な精神は健全な身体に宿る」という言葉もありますからね。体の状態が悪いと、気持ちも沈んでしまう。
青木: 僕が米国でプレーしていた時に、一番痛感したのは技術よりも体力の差なんです。慣れない環境でやるんだから、すぐには結果は出ませんよ。だけど環境に適応するだけの体力があれば、いずれは技術も伴って成績もついてくる。

二宮: 海外に行くと、やはり体格の大きな外国人選手との差を感じるものでしょうか。
青木: 身長は180センチないと小さく見えるよね。僕も180センチだから決して大きい方ではない。だから相当、頑張って体力をつけないといけないんです。ただ、ひとつ米国でいい経験をしたのは、周りがみんな背は高いから見下ろされないように背筋をピンと伸ばすように意識したこと。それで姿勢が良くなりましたね。

二宮: それは興味深いですね。姿勢が良いとプレーにも好影響が出るのでは?
青木: スコアが悪くてシュンとなりそうな時にも胸を張って歩くから、周りの選手から「生き生きとしてゴルフをやっているな」と言われましたよ。海外で成功するにはそういった要素をプラスに考えてできるかどうかも重要になるんじゃないかな。

二宮: 青木さんは1980年の全米オープンではジャック・ニクラウスと激しい優勝争いを繰り広げるなど、まだ世界で戦うことが一般的でない時代に海外でも活躍しました。海外メジャー制覇は日本人ゴルファーの悲願です。体力面以外に求められるポイントは何でしょう?
青木: 郷に入っては郷に従えということでしょうか。最近は海外に行くのにキャディー、マネジャー、トレーナーとチーム単位で行動するゴルファーがほとんどです。これだと現地でなかなか友人、知人ができない。大人数になるから、他のゴルファーと気軽に「じゃあ、一緒に食事でもしましょうか」という話にはなりにくいんです。僕は海外には女房と2人で行って、キャディーも現地で調達していたから、「イサオ、何か食べる?」と聞かれた時に「こっちは2人だからいいよ」と応じやすかったですよ。

二宮: なるほど。そうやって少人数で交流を図ることで溶け込んでいくと?
青木: 現地で友達が増えると情報交換もできる。その際にお互いが2〜3人のグループならひとつのテーブルで話しやすいけど、7〜8人で食事をするとなると場所を探すのも一苦労です。場合によってはテーブルを分けなきゃいけない。これではコミュニケーションをとりにくいですよね。

 何気ない会話がプラスに

二宮: ジャック・ニクラウスをはじめ、海外の有名プレーヤーとも親交が深いのは、現地でうまくつながりを構築していったからなんですね。
青木: ジャックの家に行ったり、グレッグ・ノーマンの家に泊まったり、ゲーリー・プレーヤーやトム・ワトソンとも食事をしましたよ。ラウンド中に、「今晩、終わったら一緒に食べに行こう。ピザがいいか」「ピザもいいけど、チキンウィングの辛いのもいいな」とか、そんな会話をしていましたね。

二宮: 試合中に? それはすごい。
青木: 「なんでチキンがいいんだ?」って聞かれたので、「バーディ(=鳥)取りたいから」と冗談を返していましたよ(笑)。そうやって話をしているとプレーが楽しくなってくるし、いろんなことが分かってくる。たとえば、向こうの選手はパットがわずかに外れると「moves cup」と言います。つまり、自分は真っすぐ打ったのに、カップが動いたと。英語でやりとりしていると彼らの考え方がみえてきておもしろいんです。

二宮: たわいもない会話が役立つわけですね。
青木: プロアマの試合だと、ギャラリーに「どっちに打てばいい?」と聞いたり、ちょっかいを出して引きつける。特に僕は外国人なんだから味方をつくらないといけないんです。ヘタクソな英語で、ああでもないこうでもないと言っていたら気持ちは伝わります。次第に「イサオ、グッドラック!」と声をかけられるようになるんです。(石川)遼や(松山)英樹といった若い選手は、まだ余裕がないかもしれないけど、プレー以外の部分でもうまくやっていってほしいなと感じますね。

二宮: 外国人ゆえに応援してくれるファンを増やす必要があるということですね。裏を返せば、現地でヤジを飛ばされたり、イヤミを言われることもあると?
青木: それはありますよ。意味がよく分からなくても、明らかに悪い言葉だというのは気づきますからね。なので、その言葉を発した本人の近くに行って「サンキュー、ベリーマッチ」とわざと声をかけるんです(笑)。すると本人も周りのギャラリーも「イサオは英語が分かっているから気をつけたほうがいい」となる。加えて女房は英語が分かるから、僕の代わりに言い返してくれたこともありました。僕がゴルフをやる上で、厄介な部分はすべて女房は対処してくれましたね。すごく海外でプレーしやすい環境をつくってくれたと感謝しています。

二宮: 長い現役生活の中で沖縄との関わりも深いでしょうが、最初に行ったのは?
青木: 本土に復帰する前のドルしか使えない時代から行っていますよ。沖縄の知り合いの時計店で見てきた50万円の外国産の時計が欲しくて、試合の賞金に自分のおこずかいを足して買って帰ったことがあります。その時は時計代を稼ぎたかったので慎重にプレーしたんだけど、あとでよく考えるとバーディーを取って賞金を追加していたら楽に買えていたんだよね(笑)。

二宮: では、もう50年近く沖縄には行っていると?
青木: 日常で旅をすることがないから、ゴルフでいろんな土地に行けたことは良かったと思っていますよ。ゴルフをやっていたからこそ沖縄にも行けて、いいところがあることに気づけた。ゴルフと出会わなければ、沖縄とも縁がなかったかもしれない。その点はとてもありがたいですね。

 忘れられないアシテビチ

二宮: 沖縄は食も楽しみのひとつです。お気に入りの沖縄料理はありますか。
青木: 本土復帰の記念大会に参加した時に食べたアシテビチのおいしさは今でも忘れられないな。でっかい豚足を野菜と一緒に煮込んでいて、「沖縄にはこんなにおいしいものがあるのか」と、お腹いっぱい食べましたよ(笑)。それからは行くたびにアシテビチを1日1回は食べていました。かなり煮込んでいるから豚でも脂っぽくない。

二宮: アシテビチは泡盛にもよく合うから、お酒もすすみますね(笑)。
青木: 泡盛では「国華(こっか)」がいいね。カヌチャのゴルフコース(名護市)近くに行きつけの小さなお寿司屋さんがあって、お寿司をつまみながら飲むんです。沖縄のお酒は現地で飲むのが一番だね。沖縄は肉だけでなく、魚もいろいろ漁れるし、島らっきょうやゴーヤといった、ならではの食材もあります。こういったものを日常的に食べているから、沖縄の人は年齢を重ねても元気なのではないでしょうか。

二宮: そう言う青木さんもずっと体型が変わらず、とても70代には見えません。
青木: ここ15年くらい82キロをキープして、83キロに行かないようにしています。この体重は40歳前後の一番心身ともに充実していた時と同じなんです。その後、パワーを補うために85キロまで増やしたことがありましたが、ボールが飛ぶようになった反面、ヒザの半月板を痛めてしまいました。どうしても年齢を重ねて体重を増やすと、上半身だけが太ってしまいますからね。今は食事はブランチと夕食の2食で、夜は炭水化物は摂りません。お酒も脂ものも好きなんですけど、肝臓に負担がかかるので、多少は控えて野菜もきちんと摂っています。

二宮: 体重の維持に加え、最新の科学トレーニングを取り入れて鍛えているとか。
青木: もう、この年齢になったら筋肉はつきません。だから、ショットの瞬間などでパッと動ける筋肉をつくるトレーニングをしています。それから柔軟性を高めることは重視していますね。股関節を軟らかくしないと、腰痛や肩こりの原因になりますから。

二宮: 昨年もエージシュートを3度達成しています。まだまだプレーを見られるのが楽しみです。
青木: 周りからは、よく「いつまで現役を続けるんですか」と聞かれます。でも、自分にとってはゴルフは天職。これしかないと決めているんです。だから、いつまでと決めてしまったら寂しいですよ。いつか、ゴルフができなくなる時は必ず来る。その時に悔いが残らないよう、1日1日、1年1年を大切に過ごしていくつもりです。

二宮: 現役を続ける限り、沖縄でトレーニングを実施してプレーしたり、ジュニアの指導にあたる生活も続いていくのでしょうね。
青木: そうですね。沖縄にはいいものがたくさんありますから、今あるものを大切にしてほしいなと感じます。現地の人たちが“自然”に暮らせる沖縄であればいいですね。

>>前編はこちら
(次回は陸上短距離コーチの朝原宣治さんが登場します)

<青木功(あおき・いさお)プロフィール>
1942年8月31日、千葉県生まれ。中学時代にゴルフと出合う。キャディとして働きながら腕を磨き、64年にプロ入り。71年にプロ初優勝。76年には初のツアー賞金王に輝くと、78年からは4年連続で賞金王に。海外でも活躍し、78年には「ワールドマッチプレー選手権」(英国)で優勝。80年の「全米オープン」ではジャック・ニクラウスと激闘を繰り広げての2位。83年の「ハワイアンオープン」で米ツアー初優勝を果たし、89年の「コカ・コーラクラシック」(豪州)を制して日米欧豪の4ツアーで優勝する快挙を達成した。70歳を超えた現在も国内外で精力的にプレーしている。04年には世界ゴルフ殿堂入り。08年には紫綬褒章を受章。日本ツアー通算51勝は歴代2位。13年12月に日本プロゴルフ殿堂入りが決定した。

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(構成・写真:石田洋之)
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