二宮: 沖縄本島のみならず、石垣島でもトレーニングをしたことがあるとか。
朝原: 全天候型のトラックができて、北京五輪後に訪れました。合宿と子どもたちへの陸上教室を兼ねて滞在したのですが、とてもいい環境でしたね。今は後輩の選手たちもよく合宿で行くようになりました。

二宮: 石垣島はプロ野球やサッカーのキャンプ誘致はもちろん、トライアスロン大会の開催などスポーツに力を入れていますね。
朝原: 陸上も現地にアスリートクラブがあって、規模が年々大きくなっているようです。僕もそれからは何度も訪れています。昨年の石垣島トライアスロンには嫁さんが参加したので、応援に行きましたよ。最後のランがきつそうでしたが、無事、完走できました。

二宮: さすが元アスリートですね。朝原さん、挑戦する気は?
朝原: いやいや、僕は無理です。スイムで最後まで泳げず、リタイアしそうですから(笑)。スイムさえなければ、何とかなるとは思いますけど……。

 世界と戦える個の強さを

二宮: 昨年、日本短距離界は“スーパー高校生”桐生祥秀選手の登場で大いに盛り上がりました。ただ、10秒の壁は依然として厚いものがあります。
朝原: 10秒01を記録した織田記念の会場、広島ビックアーチは高速トラックで、風も味方しやすい競技場でした。だから、その後の桐生君に注目していたのですが、コンスタントに結果を出しています。本人のコンディションと、天候や競技場などの条件が合えば、いつ9秒台に突入しても不思議ではないでしょう。彼に刺激を受けて、江里口(匡史)君、山縣(亮太)君も9秒台をより意識するようになっていますから、いい傾向だと思いますね。

二宮: 現在の日本記録は1998年に伊東浩司さんがアジア大会でマークした10秒00。朝原さんも現役時代は9秒台を出したいという思いだったでしょう。やはり10秒台と9秒台の間には越えがたいハードルがあるのでしょうか。
朝原: 状況さえ整えば、日本人でも9秒台は出せると思うんです。ただし、ここまで出そうで出ないと、記録への意識から選手が余計に固くなる。誰かがスパーンと記録を打ち破ってくれると、後に続く選手も出てくるのでしょうが……。

二宮: 9秒台に突入しないと、もうひとつの悲願である五輪100メートルのファイナル進出も難しい。
朝原: もう世界では9秒台で決勝を争うのが当たり前ですからね。ギリギリで9秒台を出すレベルでは厳しい。まずは9秒台に突入して、ファイナル進出を目指すのはそれからの問題になります。

二宮: 桐生選手が世界と対等に戦えるようになるための課題は?
朝原: もう今の段階でも、僕が言うことはありませんよ。体の動き、技術的には素晴らしいものを持っています。あとはピーキングをしっかりしてムラなく走れるか。強いて言えば、10秒01を出した後、記録を意識したのか、しっかり蹴って前へ走ろうとするあまり、接地が長くなって重心が後ろに残り気味になっていたのが気になった程度です。

二宮: きちんと地面を蹴らなくてはいけない反面、接地が長すぎてもいけない。微妙な違いで100分の1秒の勝負は変わってくるわけですね。
朝原: 昨年の織田記念のように軽やかな走りができれば、タイムは出るはずです。あのレース、僕は桐生君よりも、同じ組の飯塚(翔太)君に注目していました。すると飯塚君のスタートが、かなり出遅れたように見えたんです。そのくらい桐生君のスタートが良かったんですよ。

二宮: 大阪ガスで教え子の江里口選手は昨年、日本選手権5連覇を逃すなど試練のシーズンとなりました。今年の状態は?
朝原: 本人も悔しい1年だったでしょうから、今はすごく充実した練習ができています。国内で現状の持っている能力をさらに伸ばして、春先はオーストラリアや米国でレース経験を積んでもらう予定です。

二宮: 今年は五輪も世界陸上もありません。どこに照準を合わせるかたちになりますか。
朝原: 今年は5月にバハマで第1回の世界リレー選手権が実施されます。ここで8位以内に入れば、来年の北京での世界陸上の出場権が得られる。16年のリオデジャネイロ五輪を見据えると非常に重要な大会になります。それから9月のアジア大会(韓国・仁川)も大きなレースになります。

二宮: 北京五輪でメダルを獲得したように、リレーは短距離でも世界と対抗できる種目です。今後も重点的に強化を進めていくと?
朝原: もちろんリレーは日本にとって大事です。でも、その前提として各選手が個人で世界と戦えるレベルになってほしい。最初からリレーありきではなく、100メートル、200メートルで結果を出せる強い選手が集まって出場してもらいたいですね。

 今、ベストを尽くすことに集中を

二宮: 桐生選手の登場もあり、100メートルで9秒台を出したいと夢見る子どもたちも今後は増えてくるでしょうね。
朝原: 陸上に親しんでくれる子どもたちが多くなるのはうれしいことです。一方で個人的には、小さいうちはいろんな競技に取り組んでほしいと感じています。僕も中学まではハンドボールをしていました。単に走るだけではなく、球技などをして身体能力を高めてほしいですね。僕の子どもたちも水泳やサッカー、空手をしています。

二宮: 一般的にどの競技も始めるのが早いほうが良いと言われますが、短距離の場合はそうとも限らないというわけですね。選手によって異なるでしょうが、最も短距離で力を発揮できる年齢はどのくらいでしょうか。
朝原: ピークは22、23歳あたりでしょうね。ウサイン・ボルトが世界記録を出したのは23歳の年ですし、僕自身も24歳くらいが一番良かった感覚があります。もちろん、その後も記録は伸ばせますが、同じ強度の練習ができなくなったり、体力の回復が遅れてきます。今まで通りの調整ではレース当日に体が重く感じたり、疲れが残ってしまう。その分、試合へのピーキングを変える必要があります。

二宮: 朝原さんは36歳まで現役を続け、五輪にも4度出場しています。ピークが20代前半であっても、トップを走り続けてきた経験は後輩たちにも役立つでしょうね。
朝原: 自分でも長くやったなと思いますよ(笑)。最近は国内でも30代のトップ選手が増えてきたので、僕の影響が少しはあるかもしれませんね。ただし、選手である以上、大切なのは今。「長く走りたい」と先を考えるのではなく、「今、どうやってベストを出せるか」に集中してほしいと感じます。

二宮: 東京五輪・パラリンピックまで、あと6年。選手の育成・強化はもちろん、スポーツ文化を日本に定着させ、後世に残す作業も大切になります。メダリストである朝原さんの役割はますます大きくなるでしょう。
朝原: 競技が開催されるのは東京中心でしょうが、直前合宿で世界中からアスリートがやってきて、日本国内で練習することが予想されます。たとえば07年に大阪で世界陸上があった際、ジャマイカの合宿が鳥取で行われました。当時の100メートル世界記録保持者だったアサファ・パウエルもやってきて、地元の人たちは今でもその時の思い出を話してくれるんです。そういうかたちで全国にトップアスリートがやってきて、日本のスポーツ熱を高めるきっかけになるといいですね。

二宮: キャンプや合宿の実績が豊富な沖縄は、世界から見ても有力な候補地になるでしょうね。
朝原: そう思います。いつも合宿で滞在しているホテルを訪れると家族ぐるみでよくしていただきますし、現地の友人もできました。沖縄に行くと、みんなでバーベキューもするんです。他人を受け入れてくれる土壌があるので、どのアスリートにとっても過ごしやすい場所ではないでしょうか。

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(次回は東北楽天・美馬学投手が登場します) 

<朝原宣治(あさはら・のぶはる)プロフィール>
 兵庫県生まれ。神戸・小部中時代にはハンドボールで全国大会に出場。夢野台高に進学後、走幅跳の選手として陸上を本格的にスタートする。同志社大時代の93年、国体の100メートルで日本人初の10秒1台となる10秒19をマークして優勝。スプリンターとしても脚光を浴びる。97年には10秒08を記録し、10秒1の壁を突破。日本短距離界の第一人者として世界選手権に6回、五輪は4回出場。08年の北京五輪の4×100メートルリレーで日本男子トラック初となる銅メダルを獲得。同年限りで現役を引退した。自己ベストは100メートル10秒02(日本歴代3位)、走幅跳8メートル13(同4位)。現在は大阪ガス短距離コーチを務める傍ら、スポーツクラブ「NOBY T&F CLUB」を主宰し、後進の指導に励んでいる。


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(構成:石田洋之)
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