驚いたことに中日・谷繁元信選手兼任監督の口から飛び出した開幕投手の名前は昨年オフ、一度は戦力外通告を受けた「川上憲伸」だった。
 既視感がある。10年前、中日の監督に就任したばかりの落合博満(現GM)が開幕投手に指名したのはヤクルトからFAで移籍してきたものの、右肩痛のため1軍のマウンドから3年間も遠ざかっていた川崎憲次郎だった。
 当時、投手コーチだった森繁和(現ヘッドコーチ)から聞いた話。「あれだけは忘れもしません。キャンプ前、顔合わせの意味も込めて監督、コーチ皆で温泉に行った時のこと。いきなり湯船の中で落合監督が切り出したんです。“開幕は川崎で行く”と」。なぜ川崎だったのか。「監督は白黒付けたかったのでしょう。開幕で使えなければ、もうダメだと。開幕戦が大事なのはわかるけど、所詮144分の1。どんな強いチームでもシーズンで50敗はする。それが最初にくるだけじゃないかと。監督はそう腹をくくっていたんでしょう」

 このゲーム、川崎は2回途中でKOされる。しかし森によれば、「ベンチの全員に“川崎のために”という思いがあった」そうだ。「皆、彼が投げたくても投げられなかった時期を知っていましたからね。彼の無念の思いに報いようとチームが団結した」。結果は8対6の逆転勝ち。試合後、落合は自ら秘策のタネ明かしをした。「このチームが生まれ変わるには、3年間もがき苦しんだ男の背中を押すことが必要だったんだ」。この年、落合は監督就任1年目でチームをリーグ優勝に導くのである。

 谷繁が10年前の川崎に今の川上の姿を重ねているのは想像に難くない。だから「チーム全員で這い上がる姿を見せたい」と語ったのだろう。そして谷繁の背後には稀代の演出家がいる。

 実は川上、昨年11月に球団と再契約する際、落合GMから「オマエ、体調さえ良ければ開幕(投手)も狙えるだろう?」と開幕投手を促されている。その時、川上はふと考えた。「開幕投手って何だろう?」。しばらくして納得のいく答えが見つかった。「開幕投手には勝ち負け以上に求められる役割がある。つまり、この時点でチームで一番いいピッチャーではなく、チームにとって一番意味のあるピッチャー、それが開幕投手なんだと」。開幕戦は名古屋に行くか。

<この原稿は14年3月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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