横綱・白鵬が千代の富士と並ぶ歴代2位となる通算31回目の優勝を果たして幕を閉じた大相撲秋場所は、14回も「満員御礼」の垂れ幕が降りた。本場所で14回も満員御礼が出たのは17年ぶりのことだそうだ。
 相撲人気復調の立役者は逸ノ城という四股名のザンバラ髪の21歳だった。新入幕力士が1横綱(鶴竜)、2大関(稀勢の里、豪栄道)を倒したのは史上初。もし優勝すれば100年ぶりの快挙だった。

 4日目にマス席で観戦したが、初めて見る逸ノ城はニックネームの「モンスター」そのものだった。遠くからでも威圧感は尋常ではなく、私の目には、さながら「動く要塞」のように映った。

 身長192センチ、体重199キロの偉丈夫。これは元横綱・曙の203センチ、233キロ(引退時)に及ばない。しかしながら、曙に逸ノ城のようなモンスター性は感じられなかった。

 なぜかと考えていて、ハタと気が付いた。曙がビール瓶を逆さに立てたような不安定な体型だったのに対し、逸ノ城の下半身には根が生えているのだ。聞けば、太ももは90センチを超えるという。四股からして地響きが聞こえてきそうだった。

 巨体に似合わず動きが素早く、バランスがいいのはモンゴルの遊牧民で小さい頃から馬に乗っていたせいか。相手の出方を瞬時に読む天性の察知能力はオオカミから羊を守ることで身につけたものなのか…。丸太のような二の腕は日々の水汲みや薪運びによって自然と鍛えられたというのだから、二の句が継げない。

 ストップ・ザ・モンスター。角界にこの標語が定着するのに時間はかかるまい。元横綱・北の富士はNHKの大相撲中継で「こんなモンスターが現われたら、いくら周りに“奮起しろ”と言っても追いつけないかもしれない」と困り顔で語った。全く同感である。

 未完成ながら「動く要塞」は既に難攻不落の様相を呈している。注文相撲の多さが気にはなるが、それでも逸ノ城の潜在能力がケタ違いなのは言うまでもない。

 かつて小錦や曙が土俵を席巻した時、メディアは彼らを「黒船」に見立てた。その伝でいえば、ザンバラ髪の怪物は正真正銘の「騎馬民族」の来襲である。苦手なものはヘビとオバケという話だが、それ以外にも弱点があったら誰か教えて欲しい。

<この原稿は14年10月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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