「私の履歴書」といえば、日本経済新聞の名物連載である。元日からは王貞治・福岡ソフトバンク会長が登場している。
 数多くのアンタッチャブル・レコードを保持している王だが、通算四球2390、通算故意四球(敬遠)427という記録は、この先、どれだけプロ野球が続いても、まず抜かれることはあるまい。ちなみに通算四球2位は落合博満の1475、敬遠2位は張本勲の228。王の足元にも及ばない。
 当然のことだが、バッターは打つために打席に立っている。一塁へ歩くためではない。勝負の結果の四球ならともかく、はじめから勝負を放棄した敬遠は、いくらチームのためとはいえ、苛立ちが募ったのではないか。427個、つまり1708球。ボールが18・44メートルの距離を行き来すること3416回。それを平然と見送ることができたのは、次のような思考法に依る。<敬遠は相手の意思の問題だ。自分ではどうにもできない。ならば、自分で何とかできる部分で100%、200%の努力をしよう……>(日本経済新聞1月21日付)

 自分の意思でどうにもならないことは放っておく。あれこれ考えない――。どこかで聞いたと思って取材ノートのインデックスを引くと、ドジャース時代の野茂英雄にたどりついた。

 米国は東西で約4500キロの距離がある。ロサンゼルスからニューヨークまで飛べば5時間以上かかる。日本では経験しなかった長時間移動は苦にならないか、と問うた時だ。野茂は「自分の力で解決できないことを気にしてもしょうがないでしょう」と言い、続けた。「あれこれ考えてストレスを溜めるのは最悪。僕はだいたい寝てますね」

 このように、成功者の思考は極めてシンプルである。できないことまでやろうとしたり、悩まなくていいことまで悩んだりするからおかしくなるのだ。

 8年ぶりの古巣への復帰を決めた黒田博樹はドジャース時代、好投しながら勝ち星に恵まれない日々が続いた。普通なら願うだろう。「いいピッチングをすれば、次の回は点を取ってくれるかな」と。だが、黒田にすれば、これこそが間違いの元なのだという。自著『クオリティピッチング』で書いている。<自分ではコントロールできないことをコントロールしようとしていることにほかなりません>。仕事も同様である。達人たちの言葉を今一度、噛みしめたい。

<この原稿は15年1月28日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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