江口実沙(プロテニスプレーヤー)<後編>「プロ4年目、躍進のワケ」
「もうちょっと、ちゃんとやってみようかな……」
江口実沙が本格的にフィジカルトレーニングを始めたのは、2013年のオフだった。
「周りからは、『トレーニングをやったら、もっと良くなると思うよ』と、ずっと言われてきたんです。13年のオフにやろうと思ったのは、特に何があったからというわけではありません。その年から練習の環境を変えたら、少しだけ自分のテニスが良くなった感じがあった。それで、“フィジカルをやったら、もっと良くなるかも”と」
その“閃き”は翌年、吉と出た。
11月末から1月上旬にかけて、約2カ月間、江口はそれまでに経験したことがないほど、みっちりとトレーニングを行なった。
「(身体の)後ろが結構弱いと言われたいんですけど、臀部とかハムストリングにも筋肉がついたら、走り出しの反応も、走る量も全然違ったんです。一番大きかったのは、疲労するスピードが遅くなったということですね」
フィジカル強化は、そのまま江口のテニスに好影響を与えた。1月、バーニー国際での優勝を皮切りに、7月にはWTAツアーで初めて本戦に出場してベスト8に進出。初戦では世界ランキング36位(当時)の強敵をストレートで破ってみせた。さらに第1シードで出場した11月の全日本選手権では、準決勝まで1セットも落とすことなく初めて決勝に進出。その決勝では第1セットを落とすも、第2セットは6−1と相手を圧倒し、その余勢を駆って第3セットも奪い、見事初優勝を果たした。試合終盤、疲労からか足に痙攣を起こした相手とは一転、江口が疲労を感じることはなかった。
14年シーズンの躍進の要因となったのは、フィジカル以外にもあった。それは、力の出し入れができるようになったことだ。172センチと長身の江口は、パワーには自信がある。相手が日本人ならもちろん、外国人相手にもパワーで押されるということはめったにない。だが、その一方で力を抑えることは大の苦手だった。常に全力で打ちにいこうとするため、リスクが高く、展開も単調にならざるを得なかった。また、ムダなエネルギーを使うことにもなっていたという。それを改善しようと、フィジカルトレーニングとともにオフに取り組んできたのである。
「はじめはボールのスピードを抑えるということが、まったくできませんでした。『7、8割の力で』と言われても、どう打っていいかわからないんです。変に力が入らなかったりして、感触的にも『気持ち悪い!』と思いながら打っていたんです(笑)。でも、これは反復練習しかないんですよね。打っていくうちに、だんだんと感触がつかめてきて、春はまだ意識していましたが、夏頃にはもうほとんど意識せずに打てるようになっていましたね。それが、テニス自体の安定感につながったのだと思います」
近いようで遠い“世界”
プロテニスプレーヤーとしての最大の目標は、グランドスラムに出場し、勝利することにある。それは江口も例外ではない。昨年、江口はウィンブルドンの予選で初めて初戦を突破すると、全米オープンの予選では連勝し、本戦出場まであと1勝というところまで迫った。一歩一歩、着実にグランドスラムの本戦に近づいていることを、江口自身も感じている。だが、“あともう一歩”が、やはり近くて遠いことも感じている。
昨年10月に行なわれたジャパンオープン、江口は初戦で11年全米オープン覇者のサマンサ・ストーサー(豪州)と対戦した。結果はストレート負けを喫したものの、4−6、5−7と世界の強豪相手に競り合った。だが、本人は意外にも「世界との距離を感じた」という。その理由を江口はこう語っている。
「確かにスコアは競っていますが、やっぱりここ1本というところでは、絶対にポイントを取らせてくれないんです。ファーストセットも4−6とワンブレークだけだったのですが、4−5での10ゲーム目で、このセットではたった1本しかなかったブレークポイントを、ストーサーはしっかりと取るんです。そこを取り切れるところが、やっぱり違うなと。大事なところで、普通の選手は『ミスしたくない』と思って守りに入るけど、世界で勝てる選手は大事な時こそギアを上げて、強気で攻めてくる。スイッチが入る瞬間があるんです」
それでも世界ランキングが100位以内に入れば、グランドスラムの本戦にストレートインする可能性が非常に高くなる。現在のランキングは121位(27日現在)。まさにあともう一歩である。その“もう一歩”を駆け上がるためには、何が必要なのか。その筆頭にあげているのがサーブだ。
「特にセカンドサーブの取得率が、いつも30%未満と低いんです。だからファーストをミスすると、ポイントにはならない、と思ってしまう。そうすると、ファーストでミスはできないので、入れにいってしまうんです」
初制覇した昨年の全日本選手権、セットカウント1−1で迎えた最終セット、リードをしているにもかかわらず、終盤、江口がファーストサーブからスピードを緩めたのは誰の目にも明らかだった。結果的には、相手のサービスゲームをブレークして優勝したものの、やはり弱気の自分が出てしまったという。
「セカンドにしたくないという気持ちが、ファーストから攻められなくしていたんだと思います。ファーストでもっと打っていくためにも、やはりセカンドの精度を上げていくことが大事になりますね」
果たして今シーズン、江口はどこまで飛躍するのか。そのカギを握るのがサーブである。
(おわり)
<江口実沙(えぐち・みさ)>
1992年4月18日、福岡県生まれ。小学2年からテニスを始め、中学3年時には単身で富士見丘中学(東京)へ転向する。富士見丘高校卒業後の11年、プロに転向。14年7月には、WTAツアーのバグー・カップでベスト8進出。同年11月の全日本選手権で初優勝を果たした。1月27日現在、世界ランキング121位。北日本物産所属。
(文・写真/斎藤寿子)
江口実沙が本格的にフィジカルトレーニングを始めたのは、2013年のオフだった。
「周りからは、『トレーニングをやったら、もっと良くなると思うよ』と、ずっと言われてきたんです。13年のオフにやろうと思ったのは、特に何があったからというわけではありません。その年から練習の環境を変えたら、少しだけ自分のテニスが良くなった感じがあった。それで、“フィジカルをやったら、もっと良くなるかも”と」
その“閃き”は翌年、吉と出た。
11月末から1月上旬にかけて、約2カ月間、江口はそれまでに経験したことがないほど、みっちりとトレーニングを行なった。
「(身体の)後ろが結構弱いと言われたいんですけど、臀部とかハムストリングにも筋肉がついたら、走り出しの反応も、走る量も全然違ったんです。一番大きかったのは、疲労するスピードが遅くなったということですね」
フィジカル強化は、そのまま江口のテニスに好影響を与えた。1月、バーニー国際での優勝を皮切りに、7月にはWTAツアーで初めて本戦に出場してベスト8に進出。初戦では世界ランキング36位(当時)の強敵をストレートで破ってみせた。さらに第1シードで出場した11月の全日本選手権では、準決勝まで1セットも落とすことなく初めて決勝に進出。その決勝では第1セットを落とすも、第2セットは6−1と相手を圧倒し、その余勢を駆って第3セットも奪い、見事初優勝を果たした。試合終盤、疲労からか足に痙攣を起こした相手とは一転、江口が疲労を感じることはなかった。
14年シーズンの躍進の要因となったのは、フィジカル以外にもあった。それは、力の出し入れができるようになったことだ。172センチと長身の江口は、パワーには自信がある。相手が日本人ならもちろん、外国人相手にもパワーで押されるということはめったにない。だが、その一方で力を抑えることは大の苦手だった。常に全力で打ちにいこうとするため、リスクが高く、展開も単調にならざるを得なかった。また、ムダなエネルギーを使うことにもなっていたという。それを改善しようと、フィジカルトレーニングとともにオフに取り組んできたのである。
「はじめはボールのスピードを抑えるということが、まったくできませんでした。『7、8割の力で』と言われても、どう打っていいかわからないんです。変に力が入らなかったりして、感触的にも『気持ち悪い!』と思いながら打っていたんです(笑)。でも、これは反復練習しかないんですよね。打っていくうちに、だんだんと感触がつかめてきて、春はまだ意識していましたが、夏頃にはもうほとんど意識せずに打てるようになっていましたね。それが、テニス自体の安定感につながったのだと思います」
近いようで遠い“世界”
プロテニスプレーヤーとしての最大の目標は、グランドスラムに出場し、勝利することにある。それは江口も例外ではない。昨年、江口はウィンブルドンの予選で初めて初戦を突破すると、全米オープンの予選では連勝し、本戦出場まであと1勝というところまで迫った。一歩一歩、着実にグランドスラムの本戦に近づいていることを、江口自身も感じている。だが、“あともう一歩”が、やはり近くて遠いことも感じている。
昨年10月に行なわれたジャパンオープン、江口は初戦で11年全米オープン覇者のサマンサ・ストーサー(豪州)と対戦した。結果はストレート負けを喫したものの、4−6、5−7と世界の強豪相手に競り合った。だが、本人は意外にも「世界との距離を感じた」という。その理由を江口はこう語っている。
「確かにスコアは競っていますが、やっぱりここ1本というところでは、絶対にポイントを取らせてくれないんです。ファーストセットも4−6とワンブレークだけだったのですが、4−5での10ゲーム目で、このセットではたった1本しかなかったブレークポイントを、ストーサーはしっかりと取るんです。そこを取り切れるところが、やっぱり違うなと。大事なところで、普通の選手は『ミスしたくない』と思って守りに入るけど、世界で勝てる選手は大事な時こそギアを上げて、強気で攻めてくる。スイッチが入る瞬間があるんです」
それでも世界ランキングが100位以内に入れば、グランドスラムの本戦にストレートインする可能性が非常に高くなる。現在のランキングは121位(27日現在)。まさにあともう一歩である。その“もう一歩”を駆け上がるためには、何が必要なのか。その筆頭にあげているのがサーブだ。
「特にセカンドサーブの取得率が、いつも30%未満と低いんです。だからファーストをミスすると、ポイントにはならない、と思ってしまう。そうすると、ファーストでミスはできないので、入れにいってしまうんです」
初制覇した昨年の全日本選手権、セットカウント1−1で迎えた最終セット、リードをしているにもかかわらず、終盤、江口がファーストサーブからスピードを緩めたのは誰の目にも明らかだった。結果的には、相手のサービスゲームをブレークして優勝したものの、やはり弱気の自分が出てしまったという。
「セカンドにしたくないという気持ちが、ファーストから攻められなくしていたんだと思います。ファーストでもっと打っていくためにも、やはりセカンドの精度を上げていくことが大事になりますね」
果たして今シーズン、江口はどこまで飛躍するのか。そのカギを握るのがサーブである。
(おわり)
<江口実沙(えぐち・みさ)>
1992年4月18日、福岡県生まれ。小学2年からテニスを始め、中学3年時には単身で富士見丘中学(東京)へ転向する。富士見丘高校卒業後の11年、プロに転向。14年7月には、WTAツアーのバグー・カップでベスト8進出。同年11月の全日本選手権で初優勝を果たした。1月27日現在、世界ランキング121位。北日本物産所属。
(文・写真/斎藤寿子)