今年もまた芝の季節到来だ。22日、ロンドン郊外のオールイングランド・クラブでウィンブルドン(全英オープン)が開幕した。男子では現在ATPランキング1位で昨季、初優勝を飾ったラファエル・ナダル(スペイン)が故障のために欠場したこともあり、ロジャー・フェデラー(スイス)に注目が寄せられている。2年ぶりの王者奪還はもちろん、今大会で優勝すればナダルのポイントを上回り、昨年8月以来のランキングトップに踊り出る。全仏優勝後、完全休養しリフレッシュしたというフェデラー。自らの復活を期間中にもと噂される子どもの誕生とともに祝うことができるのか。一方、女子は3連覇を目指すヴィーナス、今年の全豪女王セリーナのウィリアムズ姉妹(米国)、約2週間前に全仏で初優勝し、勢いに乗るスベトラーナ・クズネツォワや現在ATPランキング1位のをディナーラ・サフィーナといったロシア勢が強さを見せている。女子はここ数年はランキングが激しく入れ替わり、まさに群雄割拠の体をなしているだけに、今後も激しいバトルが繰り広げられそうだ。
 果たして最後に芝のコートで観客の惜しみない賞賛の拍手を受けるのはどの選手か。日本のテニスファンにとっては眠れない夜が続きそうだ。
 さて、日本人選手はというと、男子は期待の若手・錦織圭が故障のため、全仏に続いての欠場を余儀なくされた。しかし、女子は杉山愛、中村藍子、森上亜希子、中村あゆみ、そして日本人初のワイルドカード(主催者推薦枠)を与えられたクルム伊達公子が出場。杉山は4年連続での3回戦進出を決めたものの、他の4選手は初戦で姿を消す残念な結果となった。

 とはいえ、13年ぶりにウィンブルドンのコートに戻ってきた伊達は世界ランク9位のキャロリーン・ウォズニアキ(デンマーク)に対し、第1セットを奪うなど世界トッププレーヤーに全くひけをとらないプレーで観客を魅了した。今年9月で39歳になる伊達は、確かにフィジカル的な衰えがないとは言えない。最終セットの序盤から起こった痙攣はそれを色濃く物語っている。疲労回復のスピードが遅くなっていることも敗因の一つといわざるを得ない。だが、技術的な面で言えば、間違いなく世界のトップと互角に渡り合える力をもっている。今回のウィンブルドンでは、そのことを世界に知らしめたと言ってもいいだろう。

 伊達の全盛期の頃とは、女子テニスは大きく変わり、現在はパワーとスピードで勝負するスタイルが主流となっている。伊達が初戦で対戦したウォズニアキもパワーストローク、高速サーブを武器としている選手だ。ちょうど20の年齢差があり、身長も15センチ以上高い。パワーやスタミナは、やはりウォズニアキに分があるだろう。そんな彼女に対して真正面から戦いを挑めば本当に“当たって砕けて”しまうことは想像に難くない。

 果たして伊達はどのような戦略を立てたのか――。彼女はボールが高く浮かず、球足が速いという芝の特性を生かし、スライスを巧みに多用することで高い打点でのショットが得意なウォズニアキのパワーをほぼ完璧に封じ込めた。伊達の代名詞ともいえる“ライジングショット”も炸裂。さらに、少しでもボールが浅ければ、アプローチショットでネットに詰めるなど、常に相手にプレッシャーをかけ続けた。伊達の術中にはまったウォズニアキは何度も苦しい表情を浮かべていた。試合前、トップ10の選手をここまで苦しめる伊達を想像できた人は、世界でどれだけいただろうか……。

 伊達の凄さは技術面に留まらない。調子のいい時の彼女は、左右にふられてもそれほど苦しんでいる様子がない。あまりにもスムーズにボールをとらえているため、一見、フットワークの良さが感じられないほどだ。男子では、フェデラーにも同じことが言える。実は、彼女は相手の足の向きや手の角度などを瞬時に見て、どこのコースを狙っているのかを読み取っている。もちろん、プロならば当然のことだが、その読み取る段階が人よりも早いのだ。他の選手が打つ瞬間に動き出すとするならば、伊達のそれは打つ寸前。ウォズニアキと比べても、やはり動き出しは伊達の方が早かった。

 既に伊達は8月の全米オープンへの挑戦を宣言している。本戦出場の切符を手にするためには、予選で3回勝たなければならず、さらにスタミナが必要とされる。しかし、彼女は今、トップ10プレーヤーとも互角に渡り合えるという「自信」と、13年ぶりのグランドスラムでの勝利を逃したという「悔しさ」を持ち合わせている。モチベーションを上げるには十分な条件だ。ぜひ8月には、さらに進化したクルム伊達公子が見られることを期待したい。