日米通算106勝右腕がアイランドリーグにやってくる。伊良部秀輝投手の高知入団のニュースは四国・九州のみならず、全国規模で話題を集めている。「やるからには日本のトップリーグを目指したい」。そう語る40歳は再びNPBのマウンドに舞い戻ることはできるのか。さらにはアイランドリーグや日本球界にどんな影響がもたらされるのか。リーグの監督、選手らへ取材を試みた。
 実力はリーグナンバーワン

 まずは肝心の伊良部の実力だ。5年ぶりに現役復帰した米独立リーグでは、10試合に先発し、5勝3敗、防御率3.58の成績を残した。球速は145キロ前後をマーク。ブランクを感じさせない投球をみせた。「自分に期待しすぎても良くないと2か月くらい前まで思っていたが、これからは十分、自分に期待していい」。本人も手ごたえをつかんでいる。

 入団当日の投球を見た定岡智秋監督はこう語る。
「まだ1回しかピッチングをみていないけど、随分コントロールに気をつかっている印象でしたよ。昔は豪快でボールがグンと来る感じがあったけど、今は繊細になっている。昨日のピッチングでも、リーグのアンパイアにストライクゾーンを念入りに確かめていました。“ボール何個分外れている?”とか“もう何個分(ストライクで)いける?”とか、1球1球聞いていました」

 伊良部といえばロッテ時代の剛速球のイメージが強いが、メジャーリーグ移籍以降は、カーブ、フォークなどの変化球も交え、総合力で勝負するタイプに変化してきた。豪快から繊細へ――。「ただ球が速いだけではプロでは結果は残せない。向こうでそこそこの成績をあげてきたからには、コントロールがいいはず」。他球団の首脳陣も、そう伊良部を分析している。

「アイランドリーグのピッチャーと比べたら、失礼でしょう。リーグの選手には申し訳ないけど、格が違う。年齢は上でも、メジャーリーグでバリバリ投げていたピッチャーだし、実力はナンバーワンだと思います」
 リップサービスの部分を差し引いても、高知・定岡監督の評価は間違っていないと思われる。

 課題はスタミナ

 しかし、本人が目指す“トップリーグ”への復帰となると、ハードルは決して低くない。伊良部は阪神を退団した際に自由契約となっており、シーズン終了後には、NPBの全球団と交渉が行える。ネックになるのは40歳という年齢だ。同じ力量であれば、伸びしろのある若手を獲得するのは、球団として当然の策。それだけに、まずこのリーグではレベルの違いをみせなくてはならない。そして、アイランドリーグも参加が予定されている秋のフェニックスリーグでNPBの若手相手に圧倒的な実力を示す必要がある。

「心配なのはケガとスタミナ切れ」
 こう指摘するのは、ライバルチームの香川・西田真二監督だ。
「さすがに40歳になると、思うように体が動かなくなる。ましてやブランクがあるからね。日本の夏は蒸し暑いから、いくら鍛えていてもベテランはバテがくる。アピールするとなると、それなりの登板数が必要だろうし、長いイニングを投げた時や先発が続いた時に、疲労がどのくらいたまるか」

 試合である以上、相手チームはあの手、この手でベテラン右腕を崩しにかかるはずだ。「足の速いバッターが、どんどんバントをしかけて揺さぶる」「打順がひとまわりするまでは、ボールをよく見るようにして球数を放らせる」……。攻略法の一部を明かしてくれた監督もいた。

 チームとして作戦を立てなくても、選手の立場からみれば日米で活躍した投手相手に結果を残せば大きなアピールになる。通常の試合以上にモチベーションは高い。
「きっと、いいボールを投げるんでしょうね。楽しみです。野手としてみれば、そういうピッチャーと実際に対戦するほうが勉強になるし、打てれば自信になる。個人的には違うチームで良かったですよ」
 23日、伊良部が最初に対戦する愛媛の中心打者・檜垣浩太は今から意気込んでいる。果たして実績十分の右腕は、包囲網を打ち破るだけのボールを投げ込むことはできるのか。

 認められた独立リーグの存在価値

 話題性のある投手だけに、伊良部に寄せるリーグ関係者の期待は大きい。
「初登板が予想される23日は、どのくらいの観客、報道陣が来るんでしょう。ちょっと予測がつきません」
 高知球団はリーグ発足以来、少ない観客動員に悩んできた。昨年は1試合平均344人でリーグ6球団最低。今季は平均384人と微増だが、BCリーグ、関西独立リーグを含めても球団別では最小の観客数にとどまっている。

 高知は2年前、球団の買い手が見つからず、存続の危機に立たされた。リーグ側が経営者を公募した結果、現体制に落ち着いたが、球団経営は赤字の状態であることに変わりはない。入場料収入、スポンサー営業の面でも伊良部の入団はプラスだ。

 もちろん、上のレベルを目指す彼が来季も続けて高知でプレーする可能性は薄い。だが、その存在が球団の認知度を高め、球場に足を運ぶきっかけとなれば、新たなファンやスポンサーの開拓につながる。逆にいえば、このチャンスを活かさない限り、球団経営が好転する機会はこの先、そう巡ってこないだろう。フロントとしては、今が勝負でもある。

 加えて、リーグが理念のひとつとして掲げる「育成」でも伊良部効果は大きい。アドバイスを受けられる高知の選手たちはもちろん、対戦相手にとっても実力のある投手と対戦することで貴重な経験になる。伊良部を獲得するかどうかは別にして、リーグへのスカウトの注目度も高まるだろう。「彼が投げることで、必ず波及効果が生まれる」。リーグの鍵山誠CEOはそう話す。

 さらに言えば、NPB復帰を目指す人間がアイランドリーグをプレーの場に選んだことに大きな価値がある。
「夢を追いかける人間にチャレンジの場を与えたい。その思いでリーグが5年目を迎えました。経験者ではなく、若者にチャンスをあげるべきとの意見もありますが、チャレンジを続ける人間に年齢は関係ない。伊良部投手の入団は、今までの取り組みに対する評価だと感じています」(鍵山CEO)

 独立リーグが誕生するまで、野球選手には、高校、大学、社会人、プロと一本の道しかなかった。コースアウトした人間は、よほどのことがない限り、国内で野球を続けることは難しかった。それでも夢を追いかける選手たちは海を渡ってプレーするしかなかったのである。しかし、独立リーグの出現で、日本球界は少しずつ変わりつつある。この5年間で、一度は夢が途絶えかけた人間が、何人も独立リーグ経由で憧れのユニホームに袖を通した。
「ここで投げたほうがスカウトが来るんじゃないかと思った」
 入団会見での伊良部の発言は、独立リーグが人材供給基地として日本に定着してきたことの何よりの証明である。

 そして、伊良部のチャレンジが成功すれば、独立リーグは再起の場を提供することにもなる。独立リーグからNPBへ、という単なる一方通行ではなく、NPBから独立リーグへ、そして再びNPBへ、という双方向の関係を生み出せる。多くの人材が行き来することで、日本野球はより活性化するはずだ。それは人材の流出が叫ばれて久しい球界に“人材の還流”という新たな流れを創出する。

 ポスティング・システムの導入など、これまでも日本球界に変化を与えてきた男が、再び自らの手で風を起こすことはできるのか。23日、その第一歩が高知球場のマウンドに記される。

(石田洋之)

<雨天中止分の試合日程を追加>

 アイランドリーグは、雨天中止になった4試合の代替試合を下記の通り、実施すると発表した。9月6日(日)の福岡−徳島は、徳島の吉野川運動公園で開催されるが、福岡のホームゲーム扱いとなる。また同日は既に徳島−福岡戦が組まれているためダブルヘッダーとなる。ダブルへッダーとなった日程は1枚のチケットで2試合が観戦可能。
・8月24日(月)
鳥栖市民球場       福岡−徳島 12時
鳥栖市民球場       福岡−徳島 第1試合終了30分後
・9月6日(日)
吉野川運動公園      福岡−徳島 10時※ダブルヘッダー
・9月9日(水)
アグリあなんスタジアム 徳島−香川 18時30分

<8月13日(木)の予定> ( )内は予告先発
サーパススタジアム   香川(高尾)−高知(野原) 18時
佐世保野球場       長崎(藤岡)−福岡(森) 18時
アグリあなんスタジアム 徳島(金子)−愛媛(浦川) 18時30分