17日、陸上世界選手権3日目で女子棒高跳び決勝が行なわれ、04年アテネ、08年北京オリンピック金メダリストで世界記録保持者のエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が「記録なし」の成績で競技を終えた。金メダルを獲得したのはアンナ・ロゴフスカ(ポーランド)、記録は4m75cmだった。これまで大舞台で圧倒的な強さを見せてきた“女王”に何が起こったのか。
 前日、男子100mの驚異的な世界記録に揺れたベルリン・オリンピアシュタディオンが、この日は悲鳴に包まれた。イシンバエワの調子について、大会前から不安の声が上がっていた。3カ月前から左膝の故障に苦しみ、先月ロンドンで行なわれた国際大会では主要大会で6年ぶりの敗北を喫している。それでも“絶対女王”は世界陸上に照準をあわせていると伝えられており、金メダル大本命の座は揺るぎなかった。

 大会前の不安説を一蹴したのは、初日に行なわれた予選だった。4m55を1回の試技で突破し、上々の余裕の滑り出しで決勝へ駒を進めた。今季の自己ベストは4m85。決勝の舞台でも、この数字に迫るジャンプをみせれば、金メダルへの道はたしかなものだった。

 迎えた17日の決勝戦。ロンドンでイシンバエワに土をつけたロゴフスカが4m75を成功させ、イシンバエワにプレッシャーをかける。フィールドに横になりながら集中力を高めていったイシンバエワは1回目の試技で、ロゴフスカが成功させた高さ4m75に設定する。この跳躍ではイシンバエワのカラダが浮き上がることはなく、バーの手前で落下。普段ならばさほど問題にしない高さを失敗し、段々と表情を曇らせていった。

 しかし、イシンバエワは攻めの姿勢を崩さない。続く試技では4m75をパスし、4m80へバーを上げた。この高さの1回目ではバーが体に触れ失敗。女王が追い込まれ、会場中の観客はワンチャンスに固唾を飲んだ。そして迎えた2回目の試技。宙に舞い上がったイシンバエワの腹部にバーが触れて落下した瞬間、彼女の3連覇の夢は絶たれた。

 この日のイシンバエワは、明らかにこれまでの彼女とは違っていた。1回目の試技を失敗した後、スタンドから指示を送るコーチと激しく言い合うような場面も見受けられた。周りの歓声で意思伝達が難しい状況とはいえ、焦りの色は隠せなかった。そもそも決勝で4m70という高さからスタートしたことも、膝の状態が悪く、跳躍の回数を抑える狙いがあった。

「この結果に適切な説明はできない。(準備は)すべて完ぺきだったし、ウォーミングアップの段階では4メートル70もクリアしていた。もっと低い高さから試技を開始しておけば良かったという後悔はない。4メートル65をクリアしてもそれは何の意味もないことだから」と競技終了後に語ったイシンバエワ。世界陸上3連覇の夢はベルリンの夜にはかなく散った。

 一方、ただ一人4m75を成功させたロゴフスカは自らの金メダル獲得に驚きを隠さなかった。「もし今朝、私が勝つと言ってくれる人がいても笑い飛ばしていたと思う。自分が勝ったとは今でも信じられない。私は銀メダルを狙っていたのだから」。これは新女王の偽らざる本音だろう。

 女子唯一の5メートルジャンパーとして、世界記録を26回更新してきたイシンバエワ。「この結果でまたロンドン(オリンピック)へ向けて頑張れる。ここから立ち直れると思いたい」。女王が最後のプライドを振り絞って発した言葉を信じ、完全復活を待ちたい。