今年のプロ野球でもっとも注目を集めた球団といえば、球団創設5年目にして初のAクラス入りを果たした東北楽天だろう。クライマックスシリーズで北海道日本ハムに敗れたものの、野村克也監督率いる選手たちの戦いぶりは各メディアで大きく取り上げられた。1日に発表された新語・流行語大賞では野村氏の代名詞でもある「ぼやき」が「侍ジャパン」などを抑え、スポーツ部門で唯一トップテン入りを果たしている。このことからも2009年は“野村楽天イヤー”だったと言えるのではないか。今回、長いユニホーム生活に別れを告げた名将に、当HP編集長・二宮清純がロングインタビューを敢行した。南海時代のエピソードから、楽天や球界の未来に至るまで、ぼやきは果てることなく続いた……。
二宮: 最後の戦いの舞台となったクライマックスシリーズについて詳しくお伺いします。第1ステージ(対福岡ソフトバンク)を2勝0敗とストレートで勝ち上がり、第2ステージ(対北海道日本ハム)でも初戦の9回表までは楽天のペースでした。先発の永井怜が好投し、7回が終了した時点で6対1。8回裏に3点を返されましたが、9回裏に3番・鉄平の2ランホームランが飛び出し、8対4。いくらリリーフ陣が頼りないとはいえ、4点のリードがあれば、まず引っくり返されることはありません。
野村: まさか福盛和男がサヨナラ満塁ホームランを打たれるとはね。あれが第2ステージの全てですよ。

二宮: 野村さんは「負けに不思議の負けなし」とよく言われますが、これは「負けに不思議な負けあり」でしたね。第1ステージからのいい流れが、全て断ち切られてしまった。ベンチで打つ手はありませんでしたか?
野村: もちろん福盛のストッパーというものを全面的に信頼していたわけではない。しかし4点もリードしているわけですよ。ヘッドコーチの橋上(秀樹)も、ピッチングコーチの佐藤(義則)も「4点あれば大丈夫ですよ」と口をそろえました。
 ところが、あれよあれよという間にヒットを重ねられ、控え投手を見ると、長谷部康平ひとりしか残っていない。ブルペンを見たら、誰も投げていない。もう本当に「アア〜、アア〜」という感じでしたね。口を開けている間にピンチがきて、最後はサヨナラ満塁ホームラン。あんな勝ちゲームを落としていたらクライマックスシリーズは勝てませんよ。まして向こうには1勝分のアドバンテージがあるんだから……。

二宮: 結果論かもしれませんがマー君(田中将大)をリリーフで使っていたら初戦は間違いなく取れた。マー君をリリーフで使うという選択肢はなかったんでしょうか?
野村: いや、それはもう十分考えていました。だけどピッチングコーチの意見を重視してしまったんですね。「今日マー君を投げさせると、明日は(実際には翌々日に先発)投げさせるピッチャーがいなくなる」と言うものだから……。僕は「そんなこと言っておれんじゃろう。明日誰を投げさせるかは終わってから考えればいい」と言ったんですけど……。要するに僕が妥協しちゃったんですよ。

二宮: 常日頃から決断の大切さを説いておられる野村さんが「妥協した」というのは珍しいですね。
野村: これは大変な後悔ですよ。そういうところに決断力の鈍りがあったのかもしれない。だからクビになったんですよ。人間って弱いものでね、“どんなに頑張っても今年で終わり”となれば、粘りもなくなるものです。

二宮: 最終戦でも疑問に感じた点があります。4対6と2点のビハインドで迎えた8回裏、2死2、3塁の場面でエースの岩隈久志をリリーフに送りました。バッターは初戦でサヨナラ満塁ホームランを放っているターメル・スレッジ。0−1のカウントからストレートを投げ、ライトに3ランホームランを叩き込まれました。あそこは無理に勝負しなくてもよかったのでは……。
野村: 確かにあの場面はそのように責められてもしょうがないですね。ピッチングコーチには「歩かせてもいい。特にストレートは要注意だ」と指示を送ったんですが、キャッチャーの藤井彰人がどういう訳かストレートを投げさせてしまったんです。これも悔いの残る点ですね。藤井は短期決戦の怖さをまだ知らない。私がきっちり指示するか、ベンチからサインを出すという手もあったんですよね。

二宮: そこまでしなかったのは、ご自身がおっしゃるように「決断力が鈍った」ということなんでしょうか。短期決戦の恐ろしさを誰よりも熟知している野村さんが、あそこで手を打たないのは意外でした。
野村: これも言い訳になりますけど、「もう、いいわ」となったんですよ。「今年でどうせクビだわい」と。そういうところが出てしまった。これは私の悪いところなんです。

二宮: 岩隈がスレッジに3ランを打たれた瞬間、テレビ中継の画面に楽天ベンチが映った。野村さん、苦笑いを浮かべていたんです。それを見たある野球評論家が「岩隈は堂々と勝負して、結果として打たれた。野村監督も満足しているんですよ」と語っていた。僭越ながら私はそうじゃないと思う。野村さんほどの方が、あんな打たれ方をして満足するわけがない。あれは本当は呆れていたんじゃないですか?
野村: そっちですよ。バカじゃないかと思ってね。もし口元まで映っていたら「バカ」と言っているはずですよ。呆れてモノも言えなかった。

二宮: 「オレがここまで教えてきた結果がこれか」と情けない気持ちになったと?
野村: そうそう、その通りです。情けなくなりましたよ。本当に……。スレッジはフォークが全くタイミングが合わずに空振りしているのに、なぜ真っすぐを行くんかと。真っすぐなんて“見せ球”でいいんです。ストライクもいらない。真っすぐをボールにしながらバッターの反応を探らなきゃいけないのに、よりによってストライクゾーンで勝負するなんて……。その辺の観察、洞察ができてないんです。

二宮: 野村さんの野球理論の中に「名捕手あるところに覇権あり」というものがあります。ゆえにキャッチャーは監督の分身であると。4年間でキャッチャーづくりがうまくいかなかった点は最大の後悔ではないでしょうか?
野村: キャッチャーが育てば、チームづくりは半分できたようなもんです。特に弱いチームは。最初は何人かキャッチャーがいた中で、嶋(基宏)に目をつけたんですけど、騙されちゃったね(苦笑)。彼に「中学の時の通知簿、どうやったんだ?」と聞いたら、「オール5です」と。「それはすごいな、お前」って期待したら騙された。彼からは「学力と野球力は全然関係ない」ことを学ばせていただきましたよ。
 彼に関して、もうひとつ言わせてもらえれば気が弱い。無難にいって冒険しないんです。キャッチャーの配球というのは、1球、1球、臨機応変ですからね。ひとつの型にはまっちゃダメ。やっぱり相手のスコアラー泣かせのキャッチャーにならないと……。

二宮: 今季、楽天は2位に滑り込んで、貯金も10つくりました。ただ、野村さんからしたら、完成度としては五合目といったところでしょうか。
野村: 今年は「勝ちに不思議な勝ちあり」ですよ。僕はもうヤクルト時代に運は全部使い果たしたと思っていたんですけど、まだ残っていた(笑)。

二宮: だからこそ、本音としては“来年からが勝負”という気持ちだったのでは?
野村: えぇ、まぁね……。今年は楽天にとってはラッキーな年ですよ。まず優勝候補だった西武がもたついた。ストッパーが不在で投手陣が総崩れしましたら。オリックスも去年の勢いで戦前は上位に予想する人がほとんどだったのに、どういうわけか定位置に戻っちゃった。ソフトバンクは戦力はありますけど、和田(毅)をはじめケガ人が多くて、ピッチャーで年間通じて計算できたのは杉内ひとりだけだった。楽天はその間隙をぬって、2位にありつけただけのことです。ここを球団がどう評価しているのか。来年は下手すると最下位になりますよ。


<2009年12月5日発売『G2』(講談社)では、さらに詳しいインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>
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