「えっ? 石井と闘うんですか? それは戦極の時に決まっていたことで、僕も誰とやるのか聞いていません」
 吉田秀彦が、マイクを通してそう話すと、会見場に緊張感が漂った。
 11月25日、都内ホテルで開かれた記者会見。この場で、『戦極(SRC)』の『Dynamite!!』参戦が発表されたわけだが、同席した吉田の表情は終始険しかった。
 当初、今年の大晦日には、2つの格闘技イベントが開催されることになっていた。『K‐1』『DREAM』のリングに上がっている選手が集結する『Dynamite!!』(さいたまスーパーアリーナ)と、『SRC12(戦極)』(有明コロシアム)。『Dynamite!!』で、魔裟斗の引退試合(vs.アンディ・サワー)が行われ、『SRC12』では吉田秀彦vs.石井慧(石井のデビュー戦)が実現することになっていた。ところが、『SRC12』は急遽中止となり、メインイベントとして予定されていた吉田vs.石井戦は『Dynamite!!』のリングへと移されたのである。

 一部メディアは、『Dynamite!!』と『戦極』が合体、合同イベントを開催と報じていたが、その表現は正確さを欠く。2つのイベントが力を集結させて新たなイベントをつくるのではなく、『SRC12(戦極)』が、『Dynamite!!』に吸収されたのだ。「戦極」のリングに賭けていた吉田の心中は複雑だったろう。彼はおそらく、石井との柔道家同士の対戦にも必然性を感じていなかった。それでも、「戦極のリングを盛り上げるためなら」と石井と闘うことを決断したのだ。それなのに戦いの舞台が『Dynamite!!』へと移る。不機嫌にならずに記者会見へ臨むことはできなかったのではないか。冒頭のコメントは吉田のささやかな抵抗だった。

 それでも吉田vs.石井戦は実現するだろう。『Dynamite!!』の関係者は、「吉田vs.石井戦はやります」と断言しているし、TBSも大晦日放映の番組宣伝の中で決定事項として視聴者に伝えている。吉田にもプロとしての自覚がある。「やらない」とは言わないだろう。

 さて、柔道金メダリスト対決は、どっちが勝つのか?
 私の予想は「石井の勝利」だ。

 石井には総合格闘技のデビュー戦までに準備期間が1年以上あった。その間の練習量は半端ではなかったと聞く。肉体改造にも成功しているようだ。しかし、石井が総合格闘技の試合をするのは今回の吉田戦が初めてで実力は未知数。総合格闘技において、どれくらい強くなっているのかは実際に闘いを見てからでないと判断できない。
 それでも石井の勝利を予想するのは、吉田が万全なコンディションをつくるのは難しいと考えるからだ。

 2000年代前半の吉田と、いまの石井が闘うのならば、私は迷わず「吉田の勝利」と予想するだろう。けれども現在の吉田に期待するのは難しい。ここ2、3年間の彼の試合を見ていると、コンディションをつくれない状態にまでカラダが傷ついているとしか思えないからだ。過去5戦の成績は1勝4敗。ミルコ・クロコップ戦(2006年7月)、ジェームス・トンプソン戦(同年大晦日)、ジョシュ・バーネット戦(08年3月)、菊田早苗戦(今年1月)、いずれの試合でも動きにキレがなかった。彼らしい“ひらめき”もなく、まったく勝負強さが感じられなかった。昨年6月に唯一の勝利を挙げているが、対戦相手が既にリタイア状態にあったモーリス・スミスでは参考にならない。吉田の勝利を予想する材料が見つからないのだ。

 正直に言うと、私は吉田に勝って欲しいと思っている。私は、吉田が高校生の頃から注目し、彼の闘いを見続けてきた。思い入れはタップリとある。もし吉田が勝てば、除夜の鐘を聞きながら涙してしまうかもしれない。
 だが、競輪同様、予想はシビアにするものだ。実力未知数とはいえ、“勢い”と“流れ”は石井にある。これには逆らえない。綺麗な終わり方ではないだろう。レフェリーストップ……石井のTKO勝ちと予想する。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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