26日、南アフリカワールドカップグループリーグH最終節がプレトリアで行われ、チリ(FIFAランキング18位)とスペイン(同2位)が対戦した。序盤から積極的にチリがプレスをかけペースを掴むが、前半24分にGKのクリアボールを拾ったFWダビド・ビジャ(バルセロナ)が30m以上あるシュートを決め、スペインが先制する。さらに37分、アンドレス・イニエスタ(バルセロナ)のゴールでチリを突き放す。前半のうちに退場者を出したチリは後半立ち上がりにロドリゴ・ミジャール(コロコロ)のゴールで1点差とする。この状況になると、スイスがホンジュラスに2点以上の得点差をつけなければこのままグループ突破になる両者が、一気にペースダウンし残り20分近くは完全に試合が動かなくなった。このまま2対1で試合終了の笛が鳴り、スペインが首位、チリが2位で決勝トーナメント進出を果たした。

 決勝T1回戦はポルトガルとのイベリアダービーに(プレトリア)
チリ 1−2 スペイン
【得点】
[ド] ロドリゴ・ミジャール(47分)
[ス] ダビド・ビジャ(24分)、アンドレス・イニエスタ(37分)

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 大本命のスペインが初戦でスイスに敗れたことで混戦となったグループH。第2節を終えチリが連勝で首位に立ち、2位には勝ち点3のスペイン、3位に得失点差でスイスとなっていた。この3カ国のうち、1つはグループリーグで敗退となる。同時進行の2試合が終了するまで、どこが勝ち残るのか全くわからない、胸躍る展開が期待された。

 スペインは2節のホンジュラス戦ではメンバーを落としたものの、勝負の最終節では現状のベストメンバーで試合に臨んだ。トップにはフェルナンド・トーレス(リバプール)が起用され、ビジャとコンビを組んだ。チリはマルセロ・ビエルサ監督が徹底的にこだわる3−4−3の布陣。首位に立つチームだけに、本来ならば悠然と構えてゲームに入ればいいのだが、相手は史上最強の呼び声高いスペインだ。ここも挑戦者のつもりで試合に臨んだ。

 開始早々、鋭い出足をみせたのはチリだ。彼らに“慎重”という言葉は似合わない。積極的にプレスをかけ、スペインにボールを自由に持たせるスペースと時間を与えない。アルゼンチン人指揮官に鍛えられたイレブンは、必死にボールを追いかけスペインを苦しめる。攻撃でもチリが素晴らしい組み立てをみせる。10分にはFWジャン・ボーセジュール(アメリカ)がMFホルヘ・バルディビア(アルアイン)にボールを一旦預けると、自らは右サイド深くに侵入する。そこでリターンをもらうと精度の高いクロスをあげる。そこへ飛び込んだのはFWマルク・ゴンザレス(CSKAモスクワ)。ヘディングは浮いてしまい枠をとられるには至らなかったが、素早い攻撃でスペインDFにプレッシャーをかけていく。この3人とFWアレクシス・サンチェス(ウディネーゼ)が流動的にポジションを変えながら、相手陣内深くに切り込んでいく場面が目立った。

 しかし、最初のゴールシーンは意外な形でスペインに生まれる。ボールを持てずペースのつかめない彼らに幸運な出来事が起きたのは24分。MFシャビ・アロンソ(レアル・マドリッド)の縦パスに反応したF・トーレスがDFラインの裏をとり抜け出しかける。そこへ果敢にも飛び出してきたのはGKクラウディオ・ブラーボ。PAのかなり外でボールを受けようとしたF・トーレスの足元へスライディングしクリアに成功する。しかしそのボールはタッチを割らず、後方にいたビジャの目の前にこぼれる。これに反応したストライカーはダイレクトで左足を振りぬきガラ空きのゴールを狙う。30m以上あったキックは正確にコントロールされ、無人のパラグアイゴールへと吸い込まれた。ビジャの今大会3点目でスペインが先制に成功する。片やパラグアイにとって、タッチラインに出すべきボールを繋ごうとして痛恨のミスになってしまった。

 さらに37分、両チームにとって最も重要な意味を持つプレーが起こる。チリがDFラインでボールを回しているところへイニエスタが圧力をかけボールを奪取する。素早くF・トーレスへボールをはたくと、ワンツーでバイタルエリアへと前進。F・トーレスもゴールへ向かうが、左サイドへ開いたビジャにパスを出す。ビジャがPAに侵入しながらDF2人を引きつけると空いたスペースに走りこんだイニエスタへマイナスのボールを送る。それを右足でジャストミートしたシュートは見事にゴール右隅へと吸い込まれていった。華麗なパス回しから生まれたファインゴールでスペインに2点目が入った。

 加えて、一連の流れの中でゴール前へ入ろうとしたF・トーレスがMFマルコ・エストラーダ(ウニベルシダ・チリ)に足をかけられピッチ上に倒れこむ。エストラーダの視線は完全にボールの方へ向いており、F・トーレスと絡んだのは不可抗力のようにも思えたが、主審はこの妨害行為を故意的なものと判断しイエローカードを提示する。すでにこの時点で警告を受けていたエストラーダは2枚目のイエローで退場処分となる。チリには厳しい判定が下され、失点のショックと同時に今後10人での戦いを強いられる苦しい展開となった。

 チリは積極的に相手へ詰めていったものの、不用意なファウルが非常に多かった。それまでの流れもあり、このプレーを主審に故意であると判断されてしまった。気合が空回りしたチリは残り50分以上を数的不利な状態で戦うことになった。

 2対0のままハーフタイムを迎えると、後半立ち上がりは再びチリが猛ラッシュをかける。攻撃のカードを2枚替え、数的不利を感じにくいフレッシュな状態で一矢報いる作戦だ。これが効を奏したのは3分だった。変わったばかりのミジャールがゴール正面からミドルシュートを放つ。スペインDFは3人で間合いを詰めたもののDFジェラール・ピケ(バルセロナ)の足に当たったシュートはコースを変え、GKイケル・カシージャス(レアル・マドリッド)が決して届くことのない弧を描き、ゴールへと吸い込まれた。乾坤一擲の集中力で10人ながら1点返したチリ。ハーフタイムで他会場がスコアレスドローという状況を耳にしていたのだろう。この1点が入ったことで、他会場で苦戦するスイスがホンジュラスから2点を奪わなければ、決勝トーナメント進出が決まるという状況を作り上げた。

 1点を失ったスペインではあるが、この後は守りをしっかりと守って相手にスキを見せない。10分には故障明けのF・トーレスをベンチに下げ、セスク・ファブレガス(アーセナル)を投入する。ワントップにビジャが入り、トップ下にMFシャビ・エルナンデス(バルセロナ)、右にセスク、左にイニエスタを配置する。3人のパサーが次々とターゲットであるビジャへパスを通していく。セスクが入ったことでパスが通るようになったスペインは幾度か決定機を作るものの、チリの堅守の前にスコアが動くことはなかった。

 対するチリはビジャのワントップに慣れると、チャンスらしいチャンスを作らせない。すると、スペインもここから試合を一気にスローダウンさせる。残り20分を過ぎても他会場は0対0のまま。どちらにとってもリスクを冒す必要が全くなかった。スペインはこのまま勝てば首位でグループリーグ突破を果たし、決勝トーナメント初戦でブラジルと当たるという最悪のシナリオから回避できる。チリにとっても10人で戦いながらグループ2位を確保できれば恩の字だ。スイス戦のスコアが動けば前に出る必要性も出てくるものの、果敢なプレスをかければイエローカードを出されることもありうる。ここはゆったりと戦って時間が過ぎるのを待った。

 残り5分を切ったところからはスペインがDFラインでボールを持ち、チリが全員自陣に下がるという、アグレッシブだった前半のサッカーからは想像もできないような展開となった。スリリングな状況で迎えた最終節も、大勢が決まってしまった終盤は膠着状態を通り越し、無気力な試合になってしまった。当然ながらこのままスコアが動くことはなく2対1でスペインが勝利。スイスが1点も奪えぬまま試合を終えたため互いの狙い通り、スペイン首位、2位チリという順番で仲良くグループリーグ突破を果たした。

 2位通過のチリは序盤にスペインを苦しめただけに、エストラーダの退場が痛かった。もし11人で戦うことができたならば、今大会最大級の衝撃を世界に発信できたかもしれない。サッカーの内容は非常にアグレッシブで選手間の連動性も高い。決勝トーナメント初戦の相手は勝って知ったるブラジルだ。南米予選では2連敗を喫しているが、今日のような戦いをみせれば打倒カナリア軍団も夢ではない。堅実な戦いを好むドゥンガと超攻撃的なビエルサ。両国のチームカラーと全く異なる指揮官の対決もまた、大きな見ものになりそうだ。

 チリのグループ突破をうけ、南米代表は5カ国すべてが決勝トーナメントへ駒を進めたことになる。これはW杯史上初めてのこと。苦戦を続ける欧州勢を尻目に南アフリカで南米勢の存在感が増している。ブラジルと潰しあってしまうのは非常にもったいないが、サッカー王国を相手にしても簡単にやられるようなヤワなチームではない。好ゲーム必至だ。

 問題はスペインである。今日の勝ち点3は幸運が重なって転がり込んだもの。先制点は相手GKのミスであり、退場者が出たことで助けられた面も否めない。ビジャは好調をキープしているが、イニエスタやF・トーレスはコンディションに不安があるように見受けられる。初戦の躓きは偶然ではないかもしれない。比較的余裕のあるグループで苦戦した姿は、大会前の優勝候補筆頭とは思えない。

 決勝トーナメント初戦の相手は難敵ポルトガルだ。大会前からこの組み合わせは予想されていたものの、現状の出来ではポルトガルにも勝つチャンスは十分といえる。ポルトガルは厳しいグループを無失点で突破しただけに、仕上がりは上々だ。

 ポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマが初めて通過したアフリカ大陸最南端の喜望峰。そこから程近いケープタウンで行なわれる“イベリアダービー”で、史上最強と呼ばれた無敵艦隊はヴァスコ・ダ・ガマのフロンティア精神を受け継ぐ挑戦者を撃破することができるのか。優勝の行方も左右する大会屈指のビッグカードは、4日後の29日に行なわれる。

(大山暁生)

【チリ】
GK
ブラーボ
DF
ポンセ
メデル
ハラ
MF
エストラーダ
イスラ
ビダル
バルビディア
→パレデス(46分)
FW
ボンセジュール
M・ゴンザレス
→ミジャール(46分)
サンチェス
→オレジャーナ(67分)

【スペイン】
GK
カシージャス
DF
プジョル
ピケ
カプテビラ
S・ラモス
MF
ブスケッツ
X・アロンソ
→マルティネス(73分)
ビジャ
イニエスタ
FW
ビジャ
F・トーレス
→セスク(55分)