かつて、ドゥンガからこんな話を聞いたことがある。
 ドゥンガがイタリアに移籍したばかりの時だ。練習でイタリア人選手が粗いプレーを仕掛けてきたという。ドゥンガが怪我をしたらどうするんだと怒ると、鼻で笑った。
「お前らブラジル人はサッカーが上手いかもしれない。でも、ここはイタリアだ。ここのやり方に馴染めよ」
 明らかな挑発だった。

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 翌日の練習――。
 ドゥンガは、パスを出すときに、わざと隙を見せた。すると、昨日の選手がドゥンガの足を狙ってきた。
 ところが、ドゥンガは前日とは違い、丈夫なレガースで脛を覆い、金属製のポイントがついたシューズを履いて練習に臨んでいた。
 ドゥンガを狙った代償は大きかった。その選手は、金属製のポイントで足を傷つけ、15日間もギブスで固定しなければならなかったのだ。
「なんてことをするんだ」
 転げ回りながら叫んだ選手に、ドゥンガはこう言い放った。
「これがお前たちのやり方なんだろ?」
 それからドゥンガに対する粗いプレーは一切なくなったという。

 ドゥンガは、いわゆる日本人が想像する陽気なブラジル人像とは少々異なっている。
 W杯のグループリーグは、まさにドゥンガらしい試合運びであった。
 初戦の北朝鮮戦、完全に自陣に引いた相手に対してなかなか得点を上げられず苦戦したものの、チームのバランスを保ちながら勝利を挙げた。
 第2戦で対戦したコートジボワールは、アフリカという言葉から想像される、自由奔放なサッカーではなく、手堅い守備の方が印象的なチームだった。
 いわば、アフリカ大陸出身選手で固められた欧州の強豪クラブのようだった。その相手にしっかりと守り、ルイス・ファビアーノたちの個人技で手堅く勝利を収めた。
 第3戦のポルトガルとの試合は消化試合だった。
 かつてドゥンガがやったように“金属のスパイク”をちらつかせて、ポルトガルを威嚇しながら90分を引き分けで終えた。

 ぼくは今、ブラジルのサンパウロにいる。ブラジル人は口々に今回のブラジル代表は華がないという。
 ブラジルの評論家たちが言うように、サントスの新星、ガンソとネイマールをいれておけば、ポルトガル戦で、カカとロビーニョを下げてもあんなに退屈な試合にならなかっただろう。
 しかし、この派手さがなく強いサッカーこそ、ドゥンガの本質なのだ。ワールドカップは決勝トーナメントに入る。これからが本番だと言ってもいい。
 ドゥンガの率いる“地味”なブラジル代表は、ブラジル国民が望むように、きらきらと輝くことはないかもしれない。鈍い光には、凄みが出てくるはずだ。


田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクションライター。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、出版社に勤務。休職して、サンパウロを中心に南米十三ヶ国を踏破。復職後、文筆業に入り著書多数。現在、携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。2010年2月1日『W杯に群がる男達−巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)を刊行、さらに4月『辺境遊記』(絵・下田昌克、英治出版)を刊行。