先に「自己を犠牲にして他者を生かす」と述べたが、川相はいぶし銀の技術を身につけることで非力だった自らをも生かしたのである。
 もっとも「犠牲バント」はバットさえ構えれば、誰もが簡単にできるほどヤワな芸ではない。失敗すれば、逆にチームに多大な迷惑をかけてしまう。
 一球で仕留めるためには、どうすべきか。川相は寝る間も惜しんで技術改良を重ねた。
「ボールを正しく見られる、見やすい構えをすることが何より大事。そして最後はハンドワーク。最初から手だけでやろうとすると失敗します。ヒザと連動したかたちで構えながら、ボールが変化するポイントまではヒザを一緒に対応する。ハンドワークは最後の最後だけです」

 ――下半身で上半身をリードしていくと?
「そうすることでバットと目の位置関係があまりズレないんです。この距離感が大事です。目の所にバットの位置を持ってこいとまでは言わない。ただ(バットと目の)距離をあまり変えない方がいいということは知っておくべきです」

 プロ野球も企業も同じである。たとえ花形のポジションには就いていなくても、代役のいない人間は切りにくい。逆説的に言えば、自らの居場所を確保したいのなら、他の者には真似のできないオンリーワンのスキルを身につけることだ。「オレはこの分野のスペシャリストになる」というくらいの気構えで臨みたい。

<この原稿は「ビッグトゥモロー」2010年6月号に掲載されました>
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