「みんな、もうご飯食べたか? これから何か出前をとろうと思うんだけど、どうだ?」
 ある日の夕方、編集長がそう言って、スタッフの部屋に入ってきました。編集長が事務所にいる時には、スタッフに食事をごちそうしてくれることがよくあるのです。

 ただ、既に済ませたところだったり、買ってきてしまったりしていて、泣く泣く遠慮させていただく場合もあるのですが、その日はラッキーなことに(?)、スタッフ全員、ちょうどお腹を空かせていました(笑)。

「じゃあ、何にしようか。ピザでも、丼ものでも、何でもいいぞ」
 そう言われて、私たちが選んだのは「お寿司」。珍しく全員が一致し、即決でした。

 1時間後、ようやくお寿司が届けられました。すると、編集長がキッチンで何やら探し始めました。しばらくして「あった、あった!」と喜ぶ声が聞こえてきました。「何だろうな」と不思議に思っていると、「S! S!」と私を呼んでいるではありませんか。

 振り向くと、そこにはにんまりと笑顔の編集長がいらっしゃったのです。そして、手には、透明なものがなみなみと注がれたグラスが……。
「これは何でしょうか?」
「Sの好きな日本酒だよ。美味いんだぞ~」

 確かに新潟出身の私は日本酒が大好き。新卒で入った会社の社内報のプロフィールには「好きなもの」に堂々と「日本酒」と書き、本社や全国各地の支社から「酒豪の新人」と呼ばれたことも……。ワインの銘柄はとんと覚えられないのに、日本酒の銘柄はすぐに覚えてしまいます。

 とはいえ、その日、私は書きあげなければならない原稿がありましたので、「大変申し訳ないのですが、原稿を書かなければなりませんので、ちょっと遠慮させていただきます」と丁重にお断りをさせていただいたのです。

 いつもなら、編集長はすぐに「そうか、残念だなぁ。じゃあ、また今度な」と、おひとりで飲まれるのですが、その日ばかりは「いやいや、大丈夫。この日本酒なら逆に原稿がはかどるよ」と勧め続けられたのです。

 何度かお断りした末に、私も「そこまで編集長がおっしゃるのなら、ちょっとだけ……」とグラスを手に取り、味見程度にひと口……。

「へ、へ、編集長! これ、すごく美味しいです!」
「そうだろう!? だから言ったじゃないか。これは日本酒好きには、たまらないんだよ」

 実際、本当に美味しく、ひと口飲んだだけで、私は感動してしまったのです。私好みのすっきりした味わいで、飲んだ後も、口の中がさわやかなのです。

「どこの何というお酒ですか?」
「岩国の『獺祭(だっさい)』って言うんだよ」
 それは初めて聞く銘柄でした。

 これまで……と言っても、それほど多くを飲んだわけではありませんが、私の中でのベスト3は1位「黒龍しずく」(福井)、2位「酔鯨」(高知)、3位「菊水ふなぐち」(新潟)。ちなみに「黒龍」は単なる「黒龍」ではなく「しずく」がつきますし、「菊水」も「ふなぐち」、しかも瓶よりも缶のものという、こだわりがあります。そして、熱燗の場合は1位は……日本酒の話になると止まらなくなるので、ここでやめときます(笑)。

 今回編集長にいただいた日本酒は、そのベスト3にまったく引けを取らない美味さだったのです! ここ何年も、その3つに匹敵するほどの日本酒に巡り合っていなかった私にとっては、もう感動ものでした。

 しかも! その後、私の頭はさえまくり、スラスラと原稿を書き上げてしまったのです。もう、「獺祭、万歳!」「編集長に感謝!」でした。日本酒好きの皆さん、ぜひ一度、ご賞味ください!


(スタッフS)
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