白鵬の連勝は果たして、どこまで続くのか――。
 大相撲秋場所は横綱・白鵬の4場所連続全勝優勝で幕を閉じた。初場所から続く連勝は千秋楽を終えて62。昭和以降の記録では千代の富士(現・九重親方、53連勝)を抜いて単独2位となり、いよいよ双葉山が持つ不滅の69連勝がみえてきた。一人横綱のプレッシャーをはねのけ、白星を重ねる白鵬は素晴らしいの一語だが、一方で記録に待ったをかける存在がいないことに寂しさも感じる。今場所のテレビ解説で「白鵬と大関陣以下の力が縮まるどころかどんどん広がっている」と指摘していた大相撲解説者の舞の海秀平氏に、このほど当HP編集長・二宮清純が雑誌『第三文明』にてインタビュー。白鵬の強さの秘密から日本人力士が台頭できない理由まで、たっぷりと語りあった。
(写真:曙と繰り広げた数々の名勝負は日々、研究と対策を欠かさなかった結果だ)
二宮: 白鵬の良さをあげればキリがありませんが、私がもっとも印象に残っているのは、昨年、テレビで対談した時のことです。双葉山の話をしたら、連勝が止まった時に電報に打ったという「イマダ モッケイタリエズ」の言葉と、その意味をしっかり理解していました。今、どれだけの日本人力士が「モッケイタリエズ」の意味を知っているか……。相撲に対する深い探求心を垣間見た気がしました。
舞の海: 白鵬はいい意味での相撲オタクですね(笑)。相撲が好きで好きで、昔の力士のビデオを観てしっかり研究している。その上で過去の名力士がどんな考えを持ち、どんな言葉を言ったのかよく勉強して参考にしていますよ。

二宮: 白鵬は来日当初は線も細く、序の口時代には負け越しも経験している。それだけに体を大きくして、強くなりたいとの思いが人一倍強かったのでしょう。
舞の海: 他の力士とは意識が全く違うでしょうね。この世界に憧れて日本にやってきたわけですから、「大きくなって強くならなかったら、もう人生終わりだ」というつもりで、ここまでやってきたはずです。

二宮: 単に強いだけなら、引退した朝青龍も“大横綱”です。ただ彼は「横綱」を「一格闘技のチャンピオン」ととらえている節があった。一方、白鵬は「相撲は格闘技とは違う」ことを理解し、心技体を兼ね備えた大横綱になろうとしています。
舞の海: だから会見でのコメントもしっかりしていますよね。たとえば先場所、協会がすべての表彰を辞退した際には、優勝インタビューで「この国の横綱として力士の代表として、賜杯だけはいただきたかった」と発言しましたよね。こんなこと、日本人力士や親方衆でもなかなか言えませんよ。白鵬が他の誰よりも「相撲とは何か、どういう存在なのか」をわかっている気がするんですよね。

二宮: しかし、土俵を盛り上げるには白鵬のひとり勝ちだけでもいけないでしょう。今、番付をみると白鵬を筆頭に外国人力士が上位にズラリと並んでいます。相撲人気が低迷している理由のひとつに、強い日本人力士の不在が挙げられていますが、近い将来、白鵬を脅かす人材は現れるでしょうか。
舞の海: 今のままでは難しいですね。僕もよく講演会で、「次の日本人横綱は?」と質問を受けるのですが、ちょっと名前が出てきませんね。日本人は体型が大きいだけで、取り口が大ざっぱで甘い。身体能力の高いモンゴル勢にはなかなか太刀打ちできませんよ。

二宮: ポイントはまさにそこです。よく日本人力士の低迷を「ハングリー精神の欠如」のみで説明しようとする人がいますが、私はそれだけではないと見ています。そもそも入門する力士の運動神経や身体能力が日本人と外国人では違いすぎる。
舞の海: えぇ。だから廻しの切り方や相手の差し手を絞る方法を外国人は飲み込みが早いので見よう見まねで覚えていく。昔なら日本人も他の力士の相撲を見て、技を盗めていたんですけど、そういう能力が薄れてきています。教えた型通りの相撲はとれても、自分では考えない。しかも良くないのは、教えている相撲が「当たって押せ」とか「前に出ろ」といったレベルにとどまっていることです。押してダメだった時にどうするか、前に出てかわされた時にどうするかまで指導している親方が少ない……。

二宮: 心技体のうち、「心」も「技」も「体」も外国人に負けてしまっている。それで同じ土俵に上がっていてはなかなか勝てませんね。
舞の海: 今はただ体型が大きいというだけで入門させてくるケースが多い。中には部屋に来るまでたいした運動もせずに引きこもっていたり、体育が嫌いで休んでいたという日本人力士もいるんです。
 昔の力士はそうではなかったですよ。最初は細くても稽古をしてちゃんこを食べるうちに、強く太くなっていく。だから動きに俊敏性があったんです。

二宮: 私は双葉山や栃若の時代をリアルタイムでは観ていませんが、写真で見ると若い頃はそれほど太ってはいませんよね。少年時代にテレビで観た大鵬、柏戸、その後の時代の初代・貴ノ花、千代の富士(現・九重親方)もそうです。若貴兄弟だって幕内に上がってきた頃は他の力士に比べて細かった。
舞の海: 鍛えていくうちに体重が増えていく。これが理想なんですよね。最近、そういう成長の仕方をして出世したのは朝青龍に白鵬、日馬富士……。みんなモンゴル人ですよ(苦笑)。加えて生活様式の変化でイスに座ることが多くなって、最近の力士は股関節がものすごく固くなっています。ガチッと腰を割った体勢で相撲をとれる力士が少なくなってきました。

二宮: どの親方も「日本人力士を強くすることが大事」と言っているなら、外国人以上に細かい指導が必要では?
舞の海: そういう部分も不足している感はありますね。とりあえず午前中稽古して、「おいオマエ、まだ力が弱いから、トレーニングしとけ」で終わり(笑)。そうすると力士たちは見よう見まねでダンベルを持って筋トレはしますよ。でも……。

二宮: 「相撲をとるには、ここの筋肉が必要だから、こう鍛えろ」といった具体的なアドバイスがないと、一生懸命やってもあまり効果がないですよね。
舞の海: 申し訳ないですけど今の日本人力士は他のスポーツのアスリートとは違って、運動ができるからといって選ばれた人間が少ない。ちゃんとしたトレーニングをやったことがない子も多いんです。だから、メニューを渡すだけじゃなくて、やり方から付きっきりで面倒を見ないと力がついていきません。意味のないトレーニングになっている可能性も高いんです。

二宮: 今後は少々、線が細くても運動のできる子をスカウトするのも重要でしょうね。いっそのこと入門にあたって求められる体格基準(原則として身長173センチ以上、体重75キロ以上)を撤廃してもいいかもしれない。
舞の海: 小兵力士が生き残れないのは、稽古の仕方にも問題があると感じています。小さい力士も細い力士も関係なく、180キロ以上あるような相手と毎日、ぶつかり稽古をさせてガンガン押させているんですよ。もちろん、そういう日は時にはあってもいいと思います。大きい相手を我慢して押すと、相撲に必要な腹筋をはじめとする筋肉をものすごく使いますから。そういう理屈を教え込んで「きょうは腹筋を鍛える日だから、我慢して押せ」と稽古させるのなら問題ありませんが……。

二宮: つまり体型や取り口に応じた指導ではなく、みんな同じ稽古になっていると?
舞の海: はい。毎日、稽古はその繰り返しなんです(笑)。だから小さい力士は、だんだん稽古がイヤになってくる。結局、気持ちが続かなくなって、自分のいいところを伸ばせないまま辞めていくんです。

二宮: そして「あいつは根性がなかった」で終わってしまう。少子化でただでさえ入門者が少ない中、もしかしたら相撲界はダイヤモンドの原石を失っている可能性がありますね。
舞の海: ファンにいい相撲を見せるには、力士に責任を押し付けるだけではなく、親方も意識を変えなくてはいけない。そのことをもう少し肝に銘じたほうがいいのではないでしょうか。

<10月1日発売の『第三文明』11月号では、さらに詳しいインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>