25日(現地時間)、アジアカップ2011準決勝がカタール・ドーハで行われ、日本は韓国と対戦した。互いに点を取り合い前半を1−1で折り返すと、後半は韓国が主導権を握るものの決定弾は生まれず延長戦へ。延長前半6分に岡崎慎司(清水)がPA内でファウルを受けPKを獲得。本田圭佑(CSKAモスクワ)のシュートは一旦止められるものの、そこへ途中出場の細貝萌(アウグスブルク)がつめてボールを押し込む。このまま日本が逃げ切るかと思われた延長後半14分、フリーキックからゴール前の混戦でファン・ジェウォン(水原三星)が押し込み、韓国が土壇場で追いつきPK戦に入る。ここで川島永嗣(リールセ)が2人のPKをセーブする一方、日本は4人中3人がゴールネットを揺らし韓国に引導を渡した。死闘を制した日本はアジアカップ最多となる4度目の優勝をかけ、29日(土)にオーストラリアと決勝を戦う。

 PK戦制し、韓国から約5年半ぶりの勝利(アル・ガラファ)
日本 2−2 韓国
(PK −0)
【得点】
[日] 前田遼一(36分)、細貝萌(97分)
[韓] キ・ソンヨン(23分)、ファン・ジェウォン(119分)
 準々決勝でカタールに競り勝った日本の先発には、出場停止の吉田麻也(VVVフェンロ)に代わり岩政大樹(鹿島)が名を連ね、出場停止明けの内田篤人(シャルケ04)が右サイドバックに入った。一方の韓国も、センターバックのイ・ジョンス(アル・サッド)が出場停止で欠場し、これまでとは異なるメンバーで最終ラインを組んだ。
 準々決勝から中3日で準決勝に臨む日本に対し、韓国は中2日と日程が詰っているうえ、イランとの準々決勝は延長戦までもつれ込んでいた。相手よりもコンディション面では日本が圧倒的に優勢に立つ状況で、試合は始まった。

 静かな立ち上がりから徐々にペースを握った日本だったが、前半23分に不運な判定から失点する。最終ラインからの縦パスに反応したパク・チソン(マンチェスター・ユナイテッド)がPA内に侵入すると、今野泰幸(F東京)が体をよせて守備をする。このプレーに対し、主審は今野がパクを倒したと判定しPKを指示。このチャンスにキ・ソンヨン(セルティック)が落ち着いてゴールへと蹴りこみ韓国に先制点が入る。主審の判定はかなり神経質なもので、日本にとってはアンラッキーな形で1点を献上した。

 日本が反撃に成功したのは36分。左サイドで本田圭がDFをひきつけながらボールをキープすると、サイドバック長友佑都(チェゼーナ)の動きを見ながら絶妙なタイミングでスルーパスを出す。最終ラインの裏に抜け出した長友はPA内にドリブルで進入し、ゴール前へ低いクロスをあげる。そこへDFに囲まれながらも前田が走りこみ、右足で韓国ゴールへとシュートを押し込んだ。素晴らしいパス回しから崩しで1点を奪い、1−1のスコアで後半へと入る。

 後半にペースを握ったのは韓国だった。パク・チソンやク・ジャチョル(済州ユナイテッド)を中心に推進力のある攻めで日本の最終ラインをかく乱した。サイドからの崩しで幾度となく日本陣内へと入っていく。しかし、最後の場面でシュートは精度を欠き、勝ち越しゴールを奪うには至らない。一方の日本は、前半に見せた本田や香川真司(ドルトムント)が絡む攻撃を繰り出すができず、全くといっていいほど攻め手がなかった。立ち上がりに香川がヘディングシュートを放ったものの、その後は20分近くシュートを打つ場面すらなかった。

 後半が進むにつれ足が止まり始めたのは、コンディションでは優位だったはずの日本だった。守る時間が長くなり、段々と相手のプレーへの対応で遅れる場面が目立った。一方の韓国は自分たちのペースで試合を進めたため、出足が止まることはなく主導権を握り続ける。それでも日本は勝ち越し点を許すことはなく、90分を戦って1−1の同点のまま延長戦に入った。

 延長に入っても、韓国ペースで試合は進んだ。立ち上がりから攻勢をかける韓国に対し、日本は守備に追われる時間が続いた。

 しかし、次の1点をあげたのは押されていた日本だった。延長前半6分に本田圭のパスを受けた岡崎がゴール正面で倒される。PAやや外でのファウルに見えたが、主審の判定でPKとなる。韓国ベンチは猛抗議をしたものの判定が覆ることはなく、ボールには本田圭が近づく。「シリア戦で真ん中に蹴って決まったので、もう一度やってみようと思った」と試合後に語った本田圭のキックは一旦チョ・ソンリョン(城南一和)に防がれる。そこへ真先につめたのは香川に代わり途中出場した細貝だった。「(こぼれ球は)しっかりと狙っていた。自分のところに転がってきてラッキー」と振り返ったシュートは勢いよく韓国ゴールへ吸い込まれ、日本が勝ち越しに成功した。

 1点を勝ち越したものの、残り時間は20分以上ある。それまでもいいリズムでプレーしていた韓国は勢いを増して日本ゴールへと迫ってくる。韓国の猛攻に対し、アルベルト・ザッケローニ監督は前田に代えDFの伊野波雅彦(鹿島)を投入。前線には岡崎と本田圭を配置し、残りの9名で人数をかけ韓国の攻撃を防ごうとした。中盤には長谷部誠(ヴォルフスブルク)、遠藤保仁(G大阪)、細貝の3ボランチ、さらに伊野波、今野、岩政の3バックと長友、内田の両サイドバックを配置し、カテナチオならぬ“ザクナチオ”を形成。イタリア人監督らしく、超守備的布陣で逃げ切りを試みた。

 しかし、人数はさいたものの5人の最終ラインはなかなかラインを上げることができず韓国に攻め続けられる展開となる。決壊した堤防に土嚢を積み上げるようなDFでは敵の勢いを止めることはできず、守備網が破られるのは時間の問題のように思われた。

 そして後半14分にその時は訪れた。左サイドからのフリーキックがゴール前に入ると、PA内で多くの選手がボールに絡むもののもなかなかクリアをすることはできず、最後はファン・ジェウォンが左足でシュートを放ち日本のゴールネットを揺らす。残り1分で韓国の粘りが結実し、2−2の同点に追いついた。結局120分間で勝敗はつかず、勝負の行方はPK戦にゆだねられた。

 PK戦先攻の日本は本田圭、岡崎が続けて成功する。しかし、韓国はク・ジャンチョル、イ・ヨンエ(水原三星)が川島の好セーブによってPKを止められる。日本は3人目の長友がシュートを浮かしてしまったものの、韓国の3人目、ホン・ジョンホ(済州ユナイテッド)もシュートをゴール右に逸してしまう。日本が圧倒的優位な立場で4人目のPKへ。これを決めれば勝利という場面で、4人目の今野は落ち着いてシュートをゴール右隅へと決めた。この瞬間、日本は2005年8月の東アジア選手権以来、5年5カ月ぶりに韓国から勝利を奪うことに成功した。

 互いに死力を尽した一戦は日本に軍配が上がった。ただ、PK戦で敗れていれば、この試合は“第二のドーハの悲劇”として記憶されたに違いない。
 2−1となった直後に守備を固めたザックジャパンは、2−1のままこの試合を終らせなければならなかった。イタリア人指揮官は人数をかけ、1点も相手に与えないサッカーを選択し、その結果、失敗した。残り1分で追いつかれたのは韓国の粘り強さと同時に、日本の一歩遅れた守備に原因があった。

 決勝の相手はウズベキスタンに6−0と大勝したオーストラリア。厳しい戦いになることに間違いはない。準決勝で達成できなかったミッションを4日後の決勝では完遂してほしい。試合をコントロールする力を身に付けたその先に、史上最多となる4度目のアジア王者の称号が待っている。

(大山暁生)

<日本代表出場メンバー>

GK
川島永嗣
DF
今野泰幸
岩政大樹
内田篤人
長友佑都
MF
遠藤保仁
長谷部誠
→本田拓也(117分)
香川真司
→細貝萌(86分)
岡崎慎司
本田圭佑
FW
前田遼一
→伊野波雅彦(105+1分)