今月初旬から始まった新人合同自主トレーニングも佳境に入っていますね。なかでも全国から熱い視線が注がれているのが、千葉県の北海道日本ハムの鎌ヶ谷スタジアム。そう、斎藤佑樹投手ですね。彼については連日のように報道されており、その注目度の高さがうかがえます。多少、騒ぎすぎかな……という思いもないわけではありませんが、それでも斎藤投手自身には浮ついている様子は全く見られません。さすが、ですね。
 さて、私が斎藤投手を初めて見たのは彼が高校3年の夏でした。甲子園で投げている姿をひと目見て、「優勝するかもしれないな」という思いを抱いたことを今でも覚えています。というのも、高校生とは思えない落ち着きと、安定したコントロールがあったからです。

 昨秋のドラフト会議では日本ハムのほか、東京ヤクルト、千葉ロッテ、福岡ソフトバンクの4球団が彼を1位指名しました。評価されたのは、高校時代からのコントロールのよさに加え、ケガが少なく体が強いこと、そして高校、大学とチームのエースとしてやってきた実績だったのではないかと思います。斎藤投手は正直、例えば同じ早大から埼玉西武に入団した大石達也投手のように力投型のピッチャーでもなければ、伸びしろを感じさせるピッチャーでもありません。しかし、経験値は誰よりも豊富。彼の最大の武器となることでしょう。

 現在、斎藤投手はこれまでのように軸足を曲げて投げるのではなく、真っ直ぐに立って投げるフォームへと改造しようとしているとも言われています。これはおそらく重心を低くすることによって、リリースポイントが早くなってしまっていることを懸念してのものではないかと思います。しっかりと軸足で立ち、踏み出す距離を長くすることで、リリースポイントは前になります。そうすれば、ボールの勢いや角度もつく。それを考えてのことでしょう。

 ただし、リリースポイントを変えるということは、体の使い方が変わるということでもあります。ですから、もしかしたら最初はボールが浮ついてしまうかもしれません。しかし、自分のリリースポイントを覚えることでコントロールの安定感が戻せるはずですから、不安を抱く必要はありません。

 新人選手にとって今、最も重要なことは自分の体力を知り、1年間戦うにはどれだけ体力が必要なのか、どの部分を鍛えなければいけないのかを理解することです。というのも、せっかくチャンスをもらっても、ケガをすれば元も子もありません。ですからケガに強い体づくりが非常に重要なのです。さらにプロは、高いレベルの選手がズラリと顔を揃える世界。たとえ一軍の試合に出ていない選手でも、その高い素質に驚かされることもしばしばです。しかし、その彼らと勝負していかなければならないわけですから、メンタル面での強さも必要になってきます。

 斎藤投手にはまず、ケガをせずに1年間、一軍で投げてほしいですね。じっくりと育てるという意見もありますが、やはりそこは大卒ルーキー。今のままでも力を出すことができれば、活躍できるものはもっているはずです。ですから、実戦経験を増やすことが重要になってくると思うのです。

 とはいえ、すぐにエースになれるような、そんな甘い世界ではありません。田中将大(東北楽天)や前田健太(広島)といった同級生と比較されることも少なくありませんが、彼らは既に4年間、厳しいプロの世界で投げてきているのです。その彼らと今の斎藤投手を同じ土俵で見ることはできません。さらに日本ハムにはダルビッシュ有や武田勝といった優秀なピッチャーがたくさんいます。彼らとの競争に勝ち抜いてローテーションに入る。全てはそこから始まるのです。そのためにも、オープン戦でどれだけ力を出せるかが一つのカギとなってくることでしょう。

 いろいろと試行錯誤しながらやっているようですが、背伸びする必要はありません。ルーキーなのですから自信をもっていけるところまでいけばいいのです。とにかく気持ちで負けないよう、「打てるものなら打ってみろ」くらいの意気込みでドーンとぶつかっていけばいい。そしていつか壁にぶつかった時、自分に何が足りないのか、プロで生き残るためにはどうすべきなのかを考えればいいのです。まずはチャレンジしてみて、自分を「知る」こと。そこから全てがスタートすると思います。聞けば、斎藤投手は負けず嫌いな性格の持ち主でもあるようですし、今後、どんなふうに飛躍していってくれるのか。大きな期待をもって注目していきたいですね。


佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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